【十六皿目】焦り
「ここでいいわ」
体調が優れない真昼を見かねて残忍は、駅まで送ることにした。
辺りは既に真っ暗だったが、駅にはたくさんの人で溢れている。
「色々悪かったわね。
でも、絶対にあんた達を認めた訳じゃないから」
少し潮らしくなったかと思いきや、そうでもないようだ」
あの後、流星から、満月のことを説明したようだ。
満月が何故死んだのか、何故成仏できないの
かなど。
真昼は、裏切った二人を連れ戻す為に現れたのだが、当の本人達はそのつもりはなかった。
だからそれ以上は何も咎める気にはなれなかった。
七夕に自分はこれからどうしたらいいかなどを聞かれたが、すっかり興味を失っていて、
「好きにしなさい」
とだけ答える。
真昼はそれよりも、譲れないことがあった。
それは、満月のことである。
「あんた、昔あの人の右腕だったそうじゃない。
色々聞いてるわよ」
あの人とは、天道天使のことである。
真昼は、現在満月の代役を勤めているそうで、嫉妬心を抱いているようだった。
「私の勝ちね」
満月に対して放った言葉である。
どういうことなのだろうと、満月は不思議に思う。
そういえば、やたら自分と胸を比較していたようだから、そのことかもしれない。
満月は自分の胸が絶壁であることを、結構気にしているらしい。
「言っておくけど、あの人の右腕は私なんだからね!」
と人差し指を突きつけて啖呵を切る。
身を翻そうとした時、ふと立ち止まる。
「あ、そうだ。そういえば、あんた、今死んで何日目?」
満月が流星に確認する。
「一年くらいだから、357日くらいか?」
「そう。 知ってるかも知れないけど…」
真昼は少し勿体ぶってから、
「365日をすぎると、自動的に化け物になるから、それまでに成仏させなさいね」
新たな事実を告げると真昼は去っていった。
まだ高鳴る胸のときめきをひた隠しながらー…。
◇◆◇
流星一行は、新たなメンバー七夕夕季を加えて、店に戻ると、何故タピオカに反応したのかと思考を巡らせていた。
もう一度、試みようと全く同じ手順で作ったタピオカを満月に差し出す。
今度はしっかり味わうようにゆっくりと。
ゴクン、と流し込むがやはり成仏する気配はない。
「やっぱりダメかよ…っ!」
流星は、苛立ちを隠せず舌打ちをする。
何故、あの時は反応したのか。
今と何が違うのか、三人は全く分からないままでいた。
流星は、満月ノートを開くと、きっちりとタピオカのレシピも書き加えた。
「365日をすぎると、自動的に化け物になる」
真昼に言われたことが脳裏を過る。
あと7日しかない計算である。
「あと7日…」
流星はノートを睨み付けた。
「なぁ、タピオカがダメなら他の流行ってる物で試せばいいんじゃないか?」
明日馬が提案する。
「一応色々考えてはあるんだ。カヌレとか、マリトッツオとか」
「私も流行り物なら得意だから、一緒に考えるよ!」
七夕も協力的である。
流星が呻き声をあげる。
「他に思い付かないんだろ?
だったら、試せるだけ試すしかねぇじゃん」
確かにそれしかもう方法はない。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
他にやり方はないのだろうか?
もし全部間違っていたらー…。
流星は、そんなことばかりが脳裏に浮かんだ。
◇◆◇
カラカラ、入り口の扉が開いた。
お客様だ。
四人は一斉にそちらを見る。
「あの、なんでここにいるのか分からないんだけど、ここは何屋なのかしら?」
来客は50代半ばの品のある女性だ。
明日馬は既に自分の役割を理解して、素早くお冷やの準備をする。
すっかり、バイトが様になっている。
流星は目を凝らして、女性の好きな食べ物を見た。
腰を持ち上げると、エプロンを取り出して、紐を結んだ。
「私も手伝う!」
「じゃあ野菜切ってくれ。
あと豚肉も」
流星の表情に、ようやく笑顔が戻った。
満月は、ほっと安堵の息を付いた。
◇◆◇
暫くして、女性の目の前に料理が出てきた。
女性は思わず驚の声をあげる。
「なんで…。私、まだ何も注文してないのに。
なんで肉じゃがが今一番食べたい物だって…」
「見えてるんだ、この目で。
あんたの今一番食べたい物が」
流星は満面な笑みを浮かべる。
女性は躊躇いながらも、甘辛い香りに生唾を飲む。
そっと箸を持ち上げると、じゃがいもを切り少し冷ましてから口に運ぶ。
すると、口の中に醤油の風味と甘さが広がる。
「美味しい…」
女性は、ほぅ、ととろける表情を浮かべる。
一口、また一口と口に運ぶ。
汁まで飲み干すと女性は、両手を合わせて、
「ごちそうさま」
と言った。
四人は唖然として、女性を凝視する。
女性は自分の顔に何がついてるのかと、困惑している。
「なんで、成仏しないんだ…?」
最初に声を上げたのは明日馬だった。
「一番好きな食べ物じゃなかったとか?」
七夕が続く。
「いや、そんな筈…」
言いかけて、ハッと息を飲む。
「まだ、消えてない…」
普通は、一番好きな食べ物を完食すれば、食べ物の名前は消えるのに、それが消えていないのだ。
「あ!ごっ、ごめんなさい。私ったらせっかく頂いたのに、お礼も言わずに…っ」
女性は、四人がせっかく作ったのに何も言わない失礼な奴だとでも思っているのだと勘違いして、的はずれなことを言っている。
すかさず、明日馬がフォローを入れると、事情を説明した。
「そう…。ここはそういう店だったの…」
女性は寂しそうに遠くを見た。
「私が肉じゃがが好きなのはね、あの人が一番好きな食べ物だったからよ。
あ、あの人って言うのは主人のことね」
聞けば女性は、料理が得意でいつも旦那さんに手料理を振る舞っていたらしい。
色んな料理を作って来たが、旦那さんが一番好きな食べ物が肉じゃがで、一緒に食べているうちに自分も肉じゃがが好物になったそうだ。
だから、今一番食べたい物は肉じゃがで間違いない、と女性は言う。
だったら何故完食したにも関わらず成仏しないのだ?
流星は益々頭を抱えた。
「もしかして、不味かったのか?」
女性は首を振る。
「いいえ、凄く美味しかったわ。
むしろ私よりも美味しいかもしれない」
中学生なのに凄くわね、と女性は優しく笑う。
「でも、そうねぇ…」
女性は寂しそうに目を細めて、
「できれば、あの人と一緒に食べたかった…」
と呟いた。




