【十四皿目】
裏切り者、と言われて明日馬は聞き捨てならないと口元を歪ませる。
「だれが裏切り者だって?」
「だってそうでしょ?現に私達の軍に帰って来ないじゃない!」
彼女の迫力に押されて、明日馬は怯んだ。
ちなみに、彼女の言う【軍】とは、天道天使率いる、料理人と霊媒師達の集団である。
彼女は、約1ヶ月以上もその軍に帰って来ないものだから、裏切ったのだと思っているらしい。
確かに、現に自分は料理人である流星達と行動を共にしていて、軍には全く帰っていない。
だからと言って自分の任務を放棄したつもりもない。
それなのに、裏切り者と言われることに疑念を抱いた。
明日馬には、彼女の言っていることを、全く理解できず、頭を抱えた。
明日馬は、留花の体に刃のような物で切り裂かれた跡があることに気付いた。
「おい、まさか、斬ったのか?」
明日馬が恐る恐る聞く。
「残念でした。まだ斬ってないわ。
ただ、襲いかかって来たから、動きを止めただけよ」
「斬っちゃダメなんだ!その人は…!」
全て言い終える前に、流星がその言葉を遮った。
「日向、何やってんだお前!
小学生相手に!」
遅れてようやくやって来た流星達が追い付くなり、訳分からないことを言い出した。
小学生とは誰のことだろう。
「はぁ?何言って…!」
明日馬は気付いた。
流星が言う小学生とは真昼のことだと言うことを。
何故なら、自分も真昼の第一印象が同じく、小学生だったからだ。
流星は、目の前にいる小学生が頭から血を流している上に明、日馬が刀を握ってるもんだから、どうやら明日馬が真昼に斬りかかったと勘違いしたのだ。
「誰が、小学生ですって?」
真昼の額に青アザが浮かんでいる。
真昼は、ゆっくりと立ち上がり、刀を流星に突きつけた。
「私は、高校二年生よっ!」
その言葉に流星と満月は驚愕した。
高校二年生にしては、身長が140前半くらいにしか見えないからだ。
「嘘だろ?!だってどう見たって小学生にしか…」
流星はあることに気付いた。
真昼が着ている制服は、七夕と同じブレザーで、胸には唯一小学生とは思えない要素が備わっているではないか。
そして、徐に満月と見比べて、
「た、確かに、小学生にしてはデカすぎるか…」
と言った。
真昼の胸には、商店街の女店主程ではないが、人目で大きいと分かるサイズの立派な果実がくっついていた。
その瞬間、満月の平手が、流星の頬をひっぱたいた。
「酷い!今、私の胸と比べたわね!」
「いや、別にそう言うつもりじゃ…っ!」
真昼は、流星の隣にいる、満月の存在に気づいた。
その正体が幽霊であることまでも。
「あんたが、月見里満月…」
ニヤリと口元を緩ませて、マジマジと舐め回すように満月を見ると、
「私の勝ちね」
と、言った。
◇◆◇
七夕は、真昼の後ろに血を流して倒れている化け物が留花だとすぐに分かった。
「まさか、斬ったの…?」
と、恐る恐る聞く。
聞き馴染みのある声に真昼はすぐに反応した。
「七夕夕季…。
残念でした。
まだ斬ってないわ。
ただ、襲いかかって来たから、動きを止めただけよ」
言うと、真昼は、刀を持ち上げて、刃を留花に向けた。
「大丈夫よ。
私が苦しみから解放してあげる」
「ダメだ!」
明日馬が叫ぶ。
しかし、真昼は持ち上げた刀を下ろさない。
「その人は、七夕さんの友達なんだ!
刀で斬るのはダメだ!」
真昼はふぅ、とため息を吐いた。
「やっぱり、裏切り者じゃない。
あんたも料理人に味方するのね」
「味方とかそんな話をしてるんじゃ…っ!」
その時、先程まで意識を失っていた留花が、再び意識を取り戻す。
気配に気付いて、刀を握り直すが一足遅く、留花は真昼の頭を目掛けて拳を振り下ろした。
「昼禅寺!《ちゅうぜんじ》」
明日馬は、急いで真昼にかけより、肩を抱いた。
「触らないで!」
真昼は勢い良く、明日馬を突き飛ばした。
「裏切り者なんかに、助けられたくない!」
ゴッ!
留花は今度は二人を目掛けて、再び拳を振るう。
「くそっ!」
明日馬はその手を止めるべく、刀を振り上げた。
その刃は巨大な留花の拳を止めた。
「日向…っ!」
「分かってる!
動きを止めるだけだ!」
留花は、今度は空いている片方の手で、明日馬に鉄拳を振り下ろし、思い切りぶっ飛ばす。
全身を強打して、その場にうずくまる。
真昼は、明日馬のやり方に苛立ちを覚えた。
ただ、斬ればいいだけなのに、なんで斬らないのか。
真昼には、全く理解できなかった。
「見てられないわ」
真昼は、刀を握りしめて踵を返す。
一歩踏み出したその時、ほんのりと甘い香りが、鼻腔をくすぐった。
◇◆◇
真昼は、立ち止まった。
自分を目掛けて振り下ろされそうになった留花が、ピタリと止まり動かなくなったからだ。
同時に甘い香りが空間を包む。
寿司だ、真昼はすぐに香りの正体が分かった。
振り返ると、その食べ物を持った流星がいつの間にかすぐ近くで立っていた。
「これだろ?あんたが今一番好きな食べ物、岩国寿司。
本来なら、俺が先に見てから作るんだけど、今回は逆になっちまった」
留花はゆっくりと、手を伸ばして箸を取る。
寿司を一口大に切って口の中に運び、嚥下する。
ほぅ、ととろけるような笑みを浮かべた。
そして留花は、一口、また一口と寿司を口に運び、あっという間に平らげた。
すると、ぱぁっと留花の周りに柔らかい光が現れて、先程まで化け物だった留花は人の形を取り戻した。
「留花!」
名前を叫ぶ七夕の目は、涙で滲んでいる。
名前を呼ばれた留花は、優しく微笑む。
「夕季、私が一番好きな食べ物覚えてたんだね」
「当たり前じゃん!親友だから!
一番好きな食べ物くらい、覚えてて当たり前だよ!」
「ねぇ、夕季。次、生まれ変わったら私、また夕季と一緒にご飯が食べたい」
夕季は大きく頷く。
「当たり前じゃん!もっといっぱい、美味しい物食べよう!」
「うん、約束だよー…」
立花の魂は、すぅっと天に登って行った。
七夕はその場にうずくまり、暫くの間、泣きじゃった。
三人はただただ、その様子を黙って眺めていた。
真昼は刀をブレスレットに納めると、怪我まみれの明日馬に歩みよった。
「まだ、何かする気かよ」
「別に、治療するだけよ」
「治療って…」
真昼は、明日馬の前に膝をつき両手をかざした。
全身が暖かいオーラに包まれると、痛みが和らいでいった。
真昼は剣士な上に、ヒーラーの能力も備わっていたのだ。
「これで、全部チャラよ」
言うと真昼は、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫か?!」
明日馬はすかさず、真昼の肩を抱き起こした。
「うるさいわね。ちょっと目眩がしただけ。
結構体力使うんだから、感謝しなさいよ」
と、始終憎まれ口を叩くのだった。




