【十三皿目】岩国寿司③
午後3時を回った頃、流星一行は流星軒に戻っていた。
「美味ぇなぁ、このナポリタン!日向も食うか?」
「いらねぇよ。つーかさっき食って来たし」
流星は、七夕が気を効かせてテイクアウトしたナポリタンを食べていた。
「いいわねぇ、私も食べたい~」
月見里は物欲しそうに、ナポリタンを見つめる。
幽霊が見える人が作った物じゃないと食べられないので、仕方ない。
日向の方は、未だに怒りが収まらないのかずっと黙りこくっていて、七夕はオロオロとそんな二人を眺めていた。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても、作る手間が省けただけいいじゃん!ね!」
七夕が日向の機嫌取りをする。
「返品するしにても、また隣町までいかねぇといけねぇんだぞ?それだけでどんだけ金がかかると思ってんだ」
ずっと金銭的なことに関して文句を言っていった。
「それよりも、だ!何時だっけ?立花さんが亡くなる時間は?」
「時間までは分からない。
でも、早くするに越したことはないよ」
流星は、急いでナポリタンを平らげて、
「ごちそうさん!美味かった!さーて、やりますか!」
と準備を始めた。
日向はまだ、不服そうにブチブチと文句を垂れていたが、流星は無視した。
「ほれ、さっさと始めるぞ!」
「偉そうに言うな!」
言いながらも、日向はエプロンを着ける。
「あ、あの!」
流星が食べた後を片付けていた七夕が、口を開いた。
「私も手伝っていい?」
流星は驚いてから、「もちろん!」と言った。
◇◆◇
エプロンに身を纏った三人は、それぞれ台所にいた。
作り方は以前使ったレシピ本を参考にすることにした。
日向は米を炊く係、七夕は野菜を切る係に分かれる。
二人は料理はからきしだと言っていたが、それくらいはできるようである。
流星は、以前やったことがあるだけあって、かなりこなれていた。
米が炊き上がるのを待ってる間に、れんこん、干し椎茸、えび、金糸玉子を準備する。
山口県蓮根も名産で、岩国寿司には欠かせない。
味は全体的に薄味である。
出汁は鰹節ではなく昆布ベースな物が多く、干ししいたけも、甘さ控え目に炊く。
えびは背わたを取り、さっと塩ゆがきする。
具の準備が着々進んで行くうちに、ご飯の炊ける音が鳴る。
「炊けたぞ!」
「それじゃあ、おひつを水で湿らせて、そこに全部よそってくれ!」
「おう」
言われて、しゃもじを湿らすと、炊きたての米をおひつによそった。
七夕は、すし酢を作り、米に回しかける。
日向が、うちわで冷まそうとしていたところで、七夕が時間がかかるから、と店の奥にあった少し誇りを被った扇風機を持ってきた。
なるほど、と日向は感心して、水で湿らせたしゃもじで米を混ぜる。
一時間程で一通りの準備が終わった。
問題はここらかである。
この寿司を木枠に入れては押し、入れては押し、を三、四回程繰り返さなくてはならない。
しかも、ただ手で押すのではなく足で全体重をかけて押すのだからかなりハードな作業である。
最後に重しを乗せて、20分まてば出来上がりだ。
◇◆◇
その頃、病院では緊急手術が行われていた。
それは他の誰でもなく、立花瑠花である。
手術室は医師達の淡々とした掛け声が聞こえる。
医者が立花の心臓をメスで切ると、赤い血が流れ出して来て、すぐにガーゼで押さえる。
別の器官を切ったその時、心電図が異常音を上げた。
医師は焦りながらも、大声で次の指示を出す。
しかし、別の器官を切った瞬間、血飛沫が医師の顔をめがけて飛んで来た。
ピーっと心電図がフラット音が鳴り響く。
医師達は、すかさずADEで心肺再生をしつこいくらいに試みるが心電図はピクリとも動かない。
立花瑠花はそのまま還らぬ人となったー…。
◇◆◇
四人は出来上がった岩国寿司を入れた岡持ちを持って、病院に足を運んだ。
当然、許可は事前に取っているので何も言われることなく、スムーズに通れた。
足早に305号室に向かう。
七夕は病室の前で立ち止まると、力を込めて扉を開けた。
四人は目を疑った。
時は既に遅く、留花は息を引き取った後だった。
覚悟はしていたが、やはりそれを目の当たりにすると、胸が張り裂けそうになった。
七夕は、大粒の涙を流しながら、冷たくなった留花の手を握る。
「何もできなくて、ごめんね…」
と謝罪の言葉を紡いだ。
◇◆◇
その瞬間だった。
立花が化け物に姿を変えた。
グォオオオ!と呻き声を上げて、七夕に襲いかかる。
「危ねぇっ!」
流星が叫ぶより早く、日向が七夕を突き飛ばした。
「日向君!」
「大丈夫か?」
「私は大丈夫だけど…!」
ガシャン!
化け物は窓ガラスを突き破り外に出た。
「やべぇ、外に出た!」
日向は、急いで部屋を後にする。
外に出たら人を襲う可能性があるのだ。
廊下を全力で駆け抜ける。
ここが病院だと言うことを忘れて。
「廊下は走らないで!」
途中で看護師が怒る声が聞こえた気がするが、そんな声すら耳に届かなかった。
◇◆◇
「解放せよ!」
外に出ると日向はすかさず、ブレスレットに手を当てて刀を解放した。
目の前では、やはり化け物となった留花が一人の少女に襲いかからんとしていた。
「くそっ!」
万事休すか、日向は刀を大きく振りかぶった。
ザン!
化け物の体が切り裂かれる。
日向の目の前に鮮血が飛び散った。
しかし、自分の刀は汚れていない。
日向は何が起こったのか、訳が分からなかった。
よく目を凝らすと、少女が手にしていた刀が真っ赤に染まっていた。
それは、留花を斬ったのはその少女だと言うことを意味している。
ピンク色のポニーテールが揺れる。
「あら、誰かと思ったら久し振りね。裏切り者の、日向明日馬」
日向は、目を潜めた。
「昼禅寺真昼…」
それが、淡いピンクに珊瑚色の瞳を持つ少女の名前だった。




