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(旧)流星の料理人  作者: 紅樹 樹《アカギ イツキ》
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【一皿目】諸星流星《もろぼしりゅうせい》

金髪の少年の名前は諸星流星もろぼしりゅうせいと言った。

 彼はとある人物と出会うまでは、ほんの平凡な中学一年生であった。

 しかし、ある日の放課後、その生活は一変するのである。

 午前の授業が始まる頃、バタバタと慌ただしく女性教員が教室に入って来た。


 「諸星もろぼし君!すぐに帰りなさい!

ご両親が、事故で搬送先の病院で亡くなったって!」

 流星りゅうせいは耳を疑った。

 今、なんて言った…?

 流星りゅうせいは全く訳が分からないまま、言われた通りの病院へ向かった。

 父と母は早朝、仕事だからと言って、笑顔で見送った筈なのに。

 (なんで父さんと母さんが死んだんだ?

事故って、なんで…?)

 流星りゅうせいは、色んなことを巡らせた。

 十三歳の少年には、あまりにも衝撃的すぎる出来事だ。



 病院に辿り着くと、流星りゅうせいは、突然全身に激しい痛みを感じた。

「は…?」

 何故だか、自分の体から血が溢れ出している。

 一体何が起こったのか?頭が全く追い付かない。

 何か禍々しい気配を感じて、ゴクリと息を飲む。

 ゆっくりと振り返ると、そこには明らかに人間ではない生き物がいた。



(なんだ、この化け物…?)

 流星りゅうせいには、それくらいのことしか考えることができなかった。

 両親の突然の死と、いきなり化け物に襲われる。

 十三歳の脳ミソでは、全く理解が追い付かない。

 しかし、そんな子供でも唯一分かったことがある。

 この化け物は、自分を殺そうとしている。



 何故殺そうとしているのかまでは分からない。

 そんなことよりもとにかく今は逃げなきゃいけない。

 だが、足がすくんで全く動けない。

 化け物が自分を切り裂かんと、手を伸ばしたその時、流星りゅうせいは、強く目を閉じた。

 怖い、殺される、嫌だ、死にたくない、そんな言葉が脳内に浮かぶ。

 しかし、暫く経っても痛みを感じない。

 それどころか、何故か食べ物の香りが漂っている。

 とても、旨そうな肉の匂いだ。

でも、なんでそんな匂いがするのだ?

流星りゅうせいは更に混乱した。



 流星りゅうせいは、恐る恐るゆっくりと目を開けると、目の前には身長が180もあろうかと言う、銀色の髪に甚平姿の男が、岡持ちを下げて立っている。

 中から旨そうな匂いの正体なのだろう、器を取り出して化け物に差し出している。

「これだろ?あんたが今、一番食いてぇ物。

カツ丼」

 流星りゅうせいは、耳を疑った。

(は?カツ丼?何言ってんだ、このおっさん)

 化け物は、す、と男に手を伸ばした。

「危な…っ!」

 流星りゅうせいは、男が斬られると思って叫んだが、すぐに検討外れであることが分かった。

 化け物は、箸を手に取りカツ丼を食べているではないか。


 

 一口噛むと、肉汁が溢れんばかりに涌き出て来て、化け物はうっとりとした表情を浮かべている。

 先程まで自分に向けていた殺意の表情とは、雲泥の差である。

 化け物は一口、また一口とカツ丼をかきこむ。

 化け物までも魅力する程のカツ丼とは、どれほど美味いのだろうと、流星りゅうせいは思わず生唾を飲み込んだ。



 あっという間に丼が空になったと思いきや、次の瞬間、辺り一面に目映い閃光が広がって、流星りゅうせいは、目を疑った。

 光の中から現れたのは、自分の父親だったのだ。

 父親は流星りゅうせいに歩み寄り、強く抱きしめた。


「ごめんな、流星りゅうせい…。父さん、事故で死んじまってなぁ…。母さんも死んだ。一人にしてごめんなぁ…」

 父親は大粒の涙を溢しながら、何度も謝罪の言葉をかけた。

 そして、父親の魂はすう、っと天国に旅立って行った。



 暫く放心していると、巨大な男が隣に座った。

 ガサゴソと懐をまさぐると、何かを取り出し流星りゅうせいに差し出した。

「なんだ?これ?」

「ブレスレットだ。今日から俺と一緒に来い。

霊媒師エクソシストになれるよう、鍛えてやる」



 流星りゅうせいは全く持って訳が分からなかったが、男に着いて行くとようやく、今までの出来事が理解できた。

 自分は両親を事故で亡くし、化け物に襲われたところをこの男に拾われ、連れて来られたのだと。

 男が言うことを要約すると、自分には幽霊が見えるから、霊媒師エクソシストになって、この前みたいな化け物を成仏させられるようになれ、とのことだった。




 その男の名前は、天道天使てんどうあまつかと言った。

 子供ながらに流星りゅうせいは、外見に似合わず妙にメルヘンな名前だと思った。

 道場には自分以外にも何人かいて、年齢やきっかけも様々だった。

 自分のように両親を化け物に殺されて身寄りがなくなった者もいれば、自ら志願して来た者もいた。



 毎日地獄の特訓を受けた結果、周りの主業者達は、着実に上達して行ったが、流星りゅうせいだけは、全く技を覚えられないどころか、刀もロクに使いこなせなかった。

 見かねた天道てんどうは、流星りゅうせいと一緒に浄霊に参加させることにした。

 その時だ。

 流星りゅうせいが他の料理人達が、全く見えなかった化け物が一番好きな食べ物を、言い当ててみせたのである。



 天道てんどうの勘は当たった。

 流星りゅうせいの本当の能力は、霊媒師エクソシストではなく、料理人だったのだ。

 流星りゅうせいの才能を見込んだ天道てんどうは、流星りゅうせい霊媒師エクソシストではなく、料理人として育てることを決意したのだった。



◇◆◇




 それから一年後。

 夜八時を回ったくらいだろうか。

 街中を、スーツ姿の女性が全力疾走で走っている。

 会社帰りにランニングでもしているのだろうか?


「グオォオオオ!」


 まるで人間とは思えない呻き声が轟く。

 思わず振り返ってしまう。

 その時、何かにつまづいて頭から、派手に転倒した。

 今だ!と言わんばかりに、巨大な手が女性に襲いかかる。

 万事休すか。

 女性は覚悟したように、目を瞑る。

 その時だった。

 ふと、美味しそうな匂いが鼻腔を掠める。



「あんた、大丈夫か?」

 恐る恐る目を開けると、そこには金色の三つ編みに、真っ黒な学ランとエプロンに身を包んだ少年が、岡持ちを持って立ちはだかっていた。

 今にも自分を切り裂かんとしていた化け物の手は、少年の目と鼻の先で止まっている。

 少年は岡持ちを開けて中の物を取り出すと、目の前の化け物に差し出す。

「これだろ、あんたが今一番食べたい物」



 この米とスパイシーな異国の香り、その食べ物の正体は、そう、カレーである。

 それはいいのだが、何故こんな時にカレーなど持っているのだろうか?

 女性は全く持って意味が分からなかった。

まさか、化け物が食べるとでも言うのだろうか?


 刹那、化け物はスプーンを持ち上げてカレーをすくって口に運んだ。

 味を占めたのだろうか、一口、また一口と口に運ぶ。

あっと言う間に皿が空になった。

 その時、目映い閃光が辺りを包み込んだかと思えば、中年のサラリーマンの姿へと変わった。


「なんでわかったんだ?

俺が今いちばん食べたい物がカレーだって」

 金髪の少年は、笑みを浮かべた。

「見えるんだ。あんたが一番食べたい物が」

 サラリーマンの男は一瞬、目を見開いたが、すぐに目を瞑り、そうか…、と呟くと虚空を見つめて語り始めた。


「俺の家はさ、小さな食堂だったんだ。

物心着いた時から、親は忙しく働いてた。

でも、年に数回だけあるかないかの休みの日には、

絶対カレーだったんだぁ…」

 少年は目を細めた。

「次、生まれ変わって来る時は、もっといっぱい美味いもん食えよ」

「あぁ…。また、母ちゃんのカレー食いてぇなぁ…」

 サラリーマンの男性は、すう、と一筋の光が天に昇っていった。

 成仏したのだ。



 金髪の少年改め、諸星流星もろぼしりゅうせい

彼は、死んだ人間の【今一番食べたい物】を食べさせて成仏させることができる、幽霊の料理人なのである。


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