3-13話 星宵の寝衣
「来てやったぞ」
いつもの不貞腐れた表情で狛ノ介はそう言った。ピンク色のシャツに灰色のスウェットを履いたその姿は、既に寝間着に着替えてきたのだろう。ティパルに最後の支度をしてもらっているヨゼが、顔を狛ノ介の方へ向けた。
「やあ。待っていたよ。意外と早かったね」
「こっからうちまで距離ねーだろ」
そんな話をしていると、部屋に備え付けのウォークインクローゼットの扉が開いた。
「お待たせしました。今回も素敵なパジャマを用意していただいて、ありがとうございます」
一歩踏み出した祈吏の足首を、濃紺の裾が柔らかくかすめる。
濃紺一色の襟付きワンピースに、袖にはシックなフリルが付いている。
さらさらとしたシルク生地に、全身に散りばめられた金色の刺繍は星空を思い出すもので、前回の寝衣とは雰囲気の異なるものだった。
「祈吏さま、大変お似合いですわ」
満足気にティパルが微笑んだ。そんなティパルに最後の仕上げをしてもらったヨゼは、祈吏と同じ生地を使った寝衣を身にまとっている。けれどティパルの趣味なのか、祈吏よりもフリルが多い。長い髪を1本の三つ編みにしているその装いは、ラプンツェルを思い出す姿だった。
「祈吏くん。ちょうどコマも来たところだよ」
「狛ノ介さん! おはようございます。来てくれたんですね」
「フン。今回はマジでサポートしかしねェから。あと、条件は守れよ」
「はい、極力厳守します」
――狛ノ介が電話口に語った条件を思い出し、祈吏はきゅっと口元を引き締める。
(『夢前世で俺サマを探すな』ってことだったけど……なんでなんだろう)
何か狛ノ介に不都合があるのだろうか。と頭を傾げる。すると、ふいにヨゼが祈吏へ声をかけた。
「祈吏くん。今回は恐らく別行動になるだろうから、くれぐれも死なないように気を付けてね」
「はい、気を付けます。……前回の反省があるので」
「うん。危ないところには、ひとりで行ってはいけないよ」
黒豹に襲われた一件を振り返り、祈吏は肩を落とす。背後で狛ノ介がフンと鼻を鳴らした。
「今回の相談者、伊吹さんの夢前世での最初の目標は『本人を見つけること』だ。前回はどれだけ探しても見つからなかった。できれば今回限りで未練を解放したいところだが、無理はせず、最低限見つけることを目標に行動をよろしく頼むよ」
「はい、分かりました」
「で、コマは探しつつ、祈吏くんのサポートをよろしくね」
「気が向いたらな」
「頼りにしているよ。その他、何か質問はあるかな」
ヨゼが人差し指をくるりと回し、質問を募る。狛ノ介から飛んでくることはなかったが、祈吏には気になっていたことがあった。
「あ。……ひとつ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「ちょっと気になっていたのですが。自分たちは夢前世で命を落とすと、魂が壊れてしまう恐れがあるんですよね。でも、夢前世の持ち主が……もし亡くなってしまった場合は、どうなるのでしょう?」
以前のローマの前世で、その事実を聞いた時から薄々気になっていた疑問だった。
ヨゼは静かな表情で、少し大きく息を吸った。
「夢前世の中の登場人物に殺されるか、もしくは自殺する分には、相手の魂に変化はないよ。だが、外部から魂に干渉している我々がその命をおびやかすのは、例外だ」
「我々が手を下した場合、その前世の魂は壊れて消滅してしまう」
「……そうなんですね」
だから黒須の前世で、イデアを殺さないようにとヨゼも狛ノ介も気を付けていたのか、と祈吏は腑に落ちた。
「相手を手にかける、なんてこと祈吏くんにあるはずないだろうが、頭の片隅に入れておいてくれ」
その時、コンコンと扉をノックする音が室内に響いた。『どうぞ』とティパルが答えると、扉の上の方からマテオが顔を出した。
「伊吹氏、入眠完了でーっす。次起きられるのは指定いただいた4時間後になりますぞ」
「マテオくん、ありがとう。さあ、ふたりともベッドに就いて。今日は半日近いお昼寝になるよ」
(もうお昼寝の域を超えてる気がする)
祈吏はベッドに腰掛け、狛ノ介は飛び込むようにベッドの中心に落ちる。
2人がひとつふたつと会話をするのを見届けてから、ヨゼはそっとティパルに声をかけた。
「ティパル。4時間後の話だが。此処に――」
「…………はい、ヨゼ様。承知しましたわ」
――ヨゼは祈吏と狛ノ介の間に仰向けになる。すると、間もなくして部屋の灯りが段々と暗くなり、プラネタリウムの天井に星が瞬き始めた。
「昨晩、『黒い絵』を描いていたので……正直、このお昼寝が嬉しいです」
「それは良かった。向こうに行っても、無理しない程度に動いてね」
ヨゼの優しい言葉が祈吏の鼻先にかかる。その長いまつ毛は、木の下で眠っていた伊吹とよく似た華やかさがあって。祈吏はとあることを思い出した。
「そういえば、ヨゼさんは伊吹さんの前世が見えているんですよね。探す手がかりにしたいので、どんな姿なのか教えていただけませんか?」
「あー……うん。それなんだけどね。今回は祈吏くんの『直感』をとても頼りにしてるから、己を信じて、これはあくまでも参考程度に聞いてね」
「は、はあ」
室内に心地のよい香りが漂い、円形のベッドが反時計回りにゆっくりと回り始めた。
「多分ね、樹木だよ」
「…………えっ」
――宇宙に放り出され、光る円環に吸い込まれていく。
その刹那、祈吏の近くに誰かが寄ってきたと思ったら、それが狛ノ介で。祈吏の腕を掴み、そのまま円環の中をくぐっていった。
――というのが、昨日の出来事だ。
(ヨゼさん。木って、どうやって探せばいいんですか。そもそも、木の未練ってなんなのでしょう。虎の未練より、突き止めるのは遥かに難しいと思うのは、自分だけでしょうか……)
祈吏は青々とした草原に身体を預け、夜空にうねる星々を眺める。
己の身を包む白と薄桃色の華服の純白さは、夢前世に入る際来ていた濃紺の寝衣と対照的に映った。