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3-12話 駄菓子会議

 ヨゼが語った万治伊吹ばんじいぶき――もとい万治家は祈吏の想像よりも特異だった。


「万治さんはこの邸の近くに住んでいるご一家でね。建設事業を営んでいる父君と、専業主婦の母君、そして長女の伊吹さんと弟の蘭太郎くんが主な家族構成なのだが、家族内に少々課題があるとのことらしい。……祈吏くんはどんな事情があると思う?」


「そう、ですね……」


 伊吹のカルテを見下ろし、祈吏は今までに得た情報を整理する。

 大学生の伊吹は実家暮らし、そして蘭太郎は離れて暮らしているとのことだった。蘭太郎が学生かどうかは分からないが、生活的に恐らく裕福であろう実家を出たのには何か理由があるのだろう。カルテの文面に目を走らせ、気になる箇所に注目する。


 ◆その他備考

 ・心療内科への通院は各所の大学病院へ通院しているとのこと。お母様が病院を選定しているようで、相性のよい病院を探されている。

 ・当カウンセリングについては弟様(万治 蘭太郎)からの紹介で来られた。



「その他の備考に書かれている件ですが。お母様は伊吹さんの症状の改善にとても尽力されているようですね。けど、どうして今日は一緒に来られなかったのでしょう。お住まいも近いですし……蘭太郎さんだけが付き添いで来られたのに、ちょっとだけ違和感を感じました」


「祈吏くん、流石。見る目があるね」


『見る目』という単語に、昨日の晃満の発言を思い出し、一瞬背筋がぞわっとする。


「ただの勘です。蘭太郎さんのご紹介だからかな、とも思ったのですが……それだけじゃなさそうですね」


 目の前にある駄菓子の盛り合わせを見て、祈吏は小さく呟く。

『その他の理由』には心当たりがあり、見当が付き始めていた。けれど答え合わせのようにその推測を提示し、肯定されるのはあまり快くない。『家族内の課題』というものはどんな家庭にも少なからずあるものだが、今回の万治家に関するものは根が深そうだ、というのが祈吏の所感だった。

 他に指摘する点があるとすれば、間違いなく『紹介者』に関してだろうと思い、口を開いた。


「あの。お答えいただける範囲で構わないのですが。そもそも蘭太郎さんはこちらでカウンセリングを受けられているんですか?」


「ああ。蘭太郎くんはね、伊吹さんの相談をしてくる少し前くらいに一度来られたんだ。彼自身のカウンセリングはその一度きりで、相談内容は……伊吹さんのカルテを左送りにスワイプしてごらん」


 言われた通り伊吹のカルテをスワイプすると、蘭太郎のカルテが表示される。祈吏は見てもよいものかとやや戸惑いながらも、業務の一環として割り切り、相談内容の欄に視線を落とした。


「1日の睡眠時間が3時間のみしか摂れない……これは、由々しき症状ですね」


「正確には、『のみしか摂れない』のではなく『のみで充分』というのが正しかったのだがね」


 ヨゼは手探りで駄菓子の盛り合わせから棒状のこんにゃくゼリーを手に取ると、封を開けて口をつける。


「つまり、だ。彼は俗に言うショートスリーパーという体質なのだよ」


 ちゅるりとソーダ色のゼリーを一口含み、そう言った。


「ショートスリーパーって確か、睡眠時間が短くても健康に生活が送れるような体質の人、でしたっけ?」

「そう。その体質もあって、伊吹さんの夢遊病の対応ができているとのことだったよ」

「はあ。3時間で足りるだなんて、すごいですね」


 はつらつとした蘭太郎の笑顔を思い出す。あの底なしの明るさは生まれ持った才能なのかもしれない。祈吏がそんなことを考えている間にヨゼはゼリーを1本食べきり、膝の上で手を組み、天井を見上げるようにソファにもたれた。


「彼女の中にいる人格は18人。全員が性別から年齢、その他のパーソナリティがまるっきり別人のものだ。一晩毎に出てくる人格は異なるため、相手に合わせた対応をし、再び床についてもらうのがお決まりらしい」

「そのお話を聞いた時は驚きました。自分の夢遊病も不思議ですけど、伊吹さんのものはより不思議ですね」

「そう、まさに不思議なのだよ。……一度夢前世に行ったけれど、何故彼女の中にそんなにも大勢の人格が芽生えることになったのか、手がかりさえ掴めなかった」


「それどころか、前回の夢前世では彼女を見つけることすらできなかったのだ」


「えっ。見つからなかったんですか」


「ああ。だから今回はたっぷりと眠って頂こうと思って、午前中に来てもらったのだよ」


 ヨゼは祈吏の方へ顔を向け、口の両端を上げて笑う。そして、静かに神妙な面持ちに変わった。


「今度こそ彼女の前世の未練を突き止め、解放する。そのためには……祈吏くん。君の力を借していただきたい」


「もちろんです。伊吹さん、日中すごく眠そうでしたし、ご家族も心配されているようでしたし。あと……自分もこのままだと眠れませんので」


 今朝枕元にあった真っ黒な絵が描かれた自由帳を思い出しながら、祈吏は力のない笑みを浮かべた。


 ――その時、手元のタブレットから着信音が流れた。


「電話に出る。……やあコマ、おはよう」


「とっくに起きてるっつーの」


 スピーカーモードでタブレットから狛ノ介の不機嫌そうな声が響く。

 対してヨゼはいつもの余裕のある様子で答えた。


「今日は伊吹さんの夢前世に行くと伝えただろう。待っているから早くおいで」

「ソイツの前世は獣じゃないんだ。俺サマがいなくともどうとでもなンだろ」

「祈吏くんと一緒に行動してもらいたい。降りる地点が吾輩と異なるやもしれん。なので、彼女のサポートをしてくれたまえ」

「ヤだね」


 スピーカーの向こう側から即座に一蹴され、僅かな沈黙が生じる。


(嫌というなら、無理強いはできないな)


 祈吏はひとりで乗り切る腹を括りながら、駄菓子の山からポン菓子の小袋を取り、一粒口に含む。さっくりとした粒が舌の上で溶け、米の甘さが口内に広がる。

 僅かな沈黙の後、ヨゼは表情を変えずに言葉を続けた。


「何故嫌なのだね?」


 ヨゼの問いかけは、恐らく事情を知らない人物が見たら『拒否された人物――祈吏がいる前で聞くものではない』と思うだろう。

 けれど祈吏の性格と思考を踏まえ『訊ねるべきだ』と思った上での質問だった。


「……ソイツの夢前世だと、俺サマは――……」


 何かを言いかけて、電話口の声が途絶える。


(伊吹さんの夢前世に、何か懸念があるのかな……?)


 祈吏は静かにふたりのやり取りを見守る。そして沈黙を破ったのはヨゼだった。


「コマ。何も不安がる必要はないよ。君もそれはなんとなく解ってきているのではないかな。それにこの夢前世で、祈吏くんはきっとコマの助けを必要とする。だからどうか同行してもらえないかね」


 ヨゼの真綿でくるむような柔らかい言葉のあと、電話の向こうから大きく深呼吸をし、溜息が響いてきた。


「……ひとつ、条件がある」


 ――その後、しばらくしてからプラネタリウムの寝室に狛ノ介がやってきた。


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