3-10話 駄菓子とカウンセリング
伊吹は両手で餅飴を持ち、額にかざす。声を出さずに『いただきます』と唱えてから、そっとパッケージの蓋を開けた。
「お好きなだけお召し上がりください。……その後、ご経過はいかがですか」
その問いかけに、伊吹はちらりとヨゼを見やる。餅飴を楊枝で食べながら、首を小さく横に振った。
「おや、そうでしたか。蘭太郎くん、ご詳細伺えますか?」
「はい。症状はあまり変わってないですね。日中は声が出ませんし、筆談も長く続きません。本人も疲れるみたいで、文字や文面でのやり取りはあまりしたがらないっす」
「そうですか。就寝中のご様子はどうでしょうか」
「ああ、寝てる時はヨゼ先生からもらったアロマでリラックスできてるのか、夢遊の回数は以前に比べて減ったかもです」
ヨゼと蘭太郎の会話が進むなか、祈吏は麩菓子を食べながら静かに耳を傾ける。
会話の内容とカルテから得た情報で、今回の相談者である伊吹の傾向を探ってはいるものの、書かれていた症状はこれまた不思議なものだったので、どう切り出したらいいかタイミングをうかがっていた。
(夢遊病の症状に書かれている『多重人格の発話』って……どういうことなんだろう)
「そういえば、昨晩は久しぶりにフエンくんが出てきましたよ」
蘭太郎はめんたい味のスナック棒の袋を開け、思い出したように言う。突然出てきた人物名に、祈吏は目を瞬いた。
「おや、フエンくんですか。最近名前を聞いていませんでしたね」
「深夜1時回った時くらいに出ました。甘いものが食べたいーって言ってたんで、クッキーあげてしばらく人形で遊びましたよ。小1時間くらいで満足して、ベッドに戻りましたね」
「そうでしたか」
「あとは、先週末にはミンミンおばさんが出てきて。しばらく夕飯の献立を話してました。あの人は一度出てくるとなかなか戻ってくれないんで、3時近くまで付き合いました」
「それはそれは。蘭太郎くんとお話できるのが嬉しいのかもしれませんね」
「そんな感じでしたねぇ~」
(……すごい。本当に色んな人格が寝ている間に出てきてるんだ)
ふたりの会話の流れから『伊吹の夢遊病の症状』を少しずつ把握し、その驚きの内容に息を呑む。
すると、麦茶を一口飲んだヨゼが祈吏の方へ顔を向けた。
「祈吏くん。君からの質問は何かあるかな」
「あっ! はい。初歩的な質問になるのですが……伊吹さんの夢遊病で出てくる人格の数は、どれくらいなのでしょうか」
「あー。それは……んん、どんくらいかな」
蘭太郎は頭を傾け、思い出すように視線を横へやった。その方向には、にこにこしながら餅飴を食べる伊吹がいる。
「ざっくり18人くらい? っすかね」