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3-9話 庭園の眠り姫

 木の根元で仰向けに寝そべり、辺りには白いフレアスカートが広がっている。ゆるくウェーブのかかった亜麻色のロングヘアと、閉じた瞼を縁取る長いまつ毛は、まるでおとぎ話に出てくる眠り姫のような光景で――祈吏は一瞬硬直した。


(い、生きてる……よね? びっくりした。最近人が寝てるところによく出くわす気がする)


「あのー、こんにちは。大丈夫ですか?」


 祈吏はおそるおそる女性に歩み寄り、そっと声をかける。けれどその瞼は閉じたまま、規則正しく呼吸をしている。


(どうしよう。このまま放っておけないし、誰か呼んでこなくちゃ――)



「ええー! 姉ちゃん、またここで寝てたんかよお」


「えっ?」


 門の方から男性の声がして振り返る。そこには明るい髪色の男性が困り顔で立っていた。


「こんにちは。こちらの方のお連れさまでしょうか?」


「こんちはー! あれ、もしかして新しく入ったって人ですか? すみません、その人うちの姉です」


 オレンジの短い髪を掻きながら、Tシャツにジーパン、靴はハイブランドのスニーカーを履いた男性が敷地内に脚を踏み入れる。

 その男の言動から、このふたりのどちらか――恐らくこの女性が、今日の相談者であると祈吏は察した。


「ほら、姉ちゃん。起きてー」


 男性は眠る女性に歩み寄り、優しく肩をゆさぶる。

 すると、ようやくその瞼がゆっくりと開いたので、祈吏はほっと胸を撫でおろした。


「は、初めまして。お加減大丈夫ですか……?」

「…………」



 女性は祈吏の顔を見上げ、ぼうっとした表情で眺めている。

 まだ頭が冴えていないのかと思ったが、男性の方が代弁するように口を開いた。


「姉ちゃん、世前先生んちの庭をえらく気に入ってて、よくここで昼寝しちゃうんすよ。今日はカウンセリングがあるって伝えてたから、いても立ってもいられなくなっちゃったみたいで。すんませんー」


「い、いえ! お姉さまが大丈夫なら良かったです」


 そう答えた祈吏をぼうっと見ていた女性は、ふいに祈吏の服の裾をちょいと引っ張る。


「はい? どうかされましたか」

「…………」


 女性は振り向いた祈吏をじっと見つめたあと、無言のままにっこりと笑みを称えた。


(……柔らかい雰囲気で、なんだか優しそうな方だな)



 ――その後、応接間に通り、予定していたカウンセリングが始まった。

 祈吏が予想していたように、今日の相談者はその不思議な女性――万治伊吹ばんじいぶきで。

 けれど、今までの相談者とは大きく異なる点があった。



【世前夢見カウンセリング 相談者記録】

 氏名:万治 伊吹 (ばんじ いぶき)

 年齢:22歳

 住所:東京都板橋区時環台

 職業:大学生(休学中)


 ◆睡眠中の夢遊症状について

 ・多重人格での発話


 ◆その他症状

 ・意識がある際の発声が夢遊病の症状が出てから出来なくなった

 ・不眠感(日中の居眠りから推測)


◆その他備考

 ・心療内科への通院は各所の大学病院へ通院しているとのこと。お母様が病院を選定しているようで、相性のよい病院を探されている。

 ・当カウンセリングについては弟様(万治 蘭太郎)からの紹介で来られた。


 以上


(……お住まいがすごくご近所さんだ)


「世前先生! 午前中から枠空けてくれてありがとうございます!」


 はつらつとした声に、祈吏はカルテから顔を上げる。そこには眠たげな姉と共にソファに腰掛ける、弟の姿があった。


「こちらこそ。早い時間にお越しいただきありがとうございます」

「いやあ、家がすぐそこだから、全然問題ないっすよ。姉ちゃんもまたお邪魔しちゃってたし。本当にここの庭を気に入ってるみたいなんすよね」

「ふふ。伊吹さんが眠れるのなら、いつでも門を開けて待っていますよ」


 祈吏と肩を並べて腰掛けるヨゼはそう微笑む。そして、祈吏の方へ少し顔を向けた。


「本日、新しく入ったカウンセラー志望の子を同席させて構わないと伺ってましたので、ご紹介しますね」

「ご挨拶が遅れました。遠橋祈吏と申します。本日はよろしくお願いします」


 祈吏は深々とお辞儀をする。顔を上げると、ふと目があった伊吹がにこりと笑う。


「こちらこそよろしくお願いします! ええと、俺は蘭太郎です。こっちの伊吹姉ちゃんの付き添いとしてここに通わせてもらってて、先生にはもう半年くらいお世話になってます」


「そうでしたか」


(福田さんと黒須さんの話を聞くに、お二方はそこまで長く通っていないような印象だったけど……伊吹さんは半年も通われているんだ)


 近所に住んでいるということもあり、通院頻度は過去のふたりと比べても多いのかもしれない。そう考えているとティパルがお茶を運んできた。


「失礼いたします」


 アンティークなローテーブルにはコントラストが強い、駄菓子の盛り合わせと冷たい麦茶が各々の前に置かれる。今までのお茶菓子とのギャップに祈吏は一瞬目を丸くしたが、伊吹は眠たげだった顔をぱあっと明るくし、さくらんぼの絵が描かれた平たいパッケージの餅飴を手に取った。


(お茶菓子は相談者さんの好みに合わせてお出ししてるって言ってたけど。伊吹さんは駄菓子がお好きなんだな)


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