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3-4話 初夏の景色


 ――その後、祈吏は時環台へ向かう電車の中で杏から送られてきていた『スポーツホーム24の成績表』をスマホで眺めていた。


(空手に剣道、ムエタイ、それにeスポーツ格闘対戦ゲーム部門の1位……もしあの人がこの『syuka』さんだったなら、すごい人と知り合ってしまったのかもしれない)


 弓道場に入ってきた女の子たちは、恐らくファンだったのだろう。あの後、シュカがいないことを確認するやすぐに出て行ってしまった。

 その様子は高校時代に見た、バレンタインデーのチョコを先輩に渡すと言っていたクラスメイトたちの面影と重なった。


(人気のある人なのかな。ちょっと浮世離れした雰囲気だったから、そういう面に惹かれる人は多いのかも)


 電車は目的駅に到着し、祈吏は改札を通って噴水のある駅前ロータリーに出る。ジャージの入った鞄を抱え直し、ヨゼの邸へ向かおうと横断歩道へつま先を向けた。


(……あれ。狛ノ介さん?)



 遠目からでも分かるその姿に、祈吏は脚を止める。

 ロータリーを挟み離れた横断歩道の前には、ショッキングピンクのTシャツを着た狛ノ介の姿があった。そして傍らには泣きじゃくり地べたに座り込む、リュックを背負った3歳程の男の子と、杖をついたおばあさんの姿がある。


 何かやりとりをした後、狛ノ介がおばあさんの買い物袋を持ち、男の子をおぶさった。

 そして、信号機のない横断歩道で車に止まるよう睨みながら、杖をついたおばあさんと共にゆっくり渡り始める。



「――何がンなに嫌だったの?」

「だって、持ちたいんだもん! 持てるんだもん!」

「マァくんにはまだ重いから、気持ちだけでいいって言ったんだけどねえ」

「ふーん」


 狛ノ介はタクシー乗り場まで辿り着くと、背負っていた子供を降ろした。


「この袋から、なんかふたつ出して」

「え? ああ、はい」


 おばあさんは少し戸惑った様子だったが、言われた通り買い物袋から梨と桃をひとつずつ取り出す。

 それを受け取った狛ノ介は、しゃくりあげる男の子の前に差し出した。


「ほら。どっちか持ってくれ」

「ん…………これ、持てる」


 男の子は梨を受け取るとようやく泣き止み、大事そうに抱えた梨を自分のリュックサックに入れる。

 その様子を見たおばあさんは、ほっとした様子で狛ノ介に頭を下げた。


「ああ、やっと落ち着いたわ……! 本当に何から何まで、助かりました」

「別に……ほら、タクシー来たぞ」


 狛ノ介が買い物袋に桃を戻そうとしたところ、入れる前におばあさんが買い物袋をさっと受け取った。


「その桃はお礼に受け取ってください」

「ハ? いや、いらねーし」

「そう言わずに! 良い桃なので、きっとおいしいですよ。それじゃあ、ありがとうございました!」


 ――タクシーに乗り込んだおばあさんと、梨の入ったリュックサックを抱えた男の子が手を振り、その場を去っていく。


「……なんだし、それ」


 狛ノ介は手元に残された大きな桃を見て、ひとりごちた。



「――狛ノ介さん」

「ハ――……」


 狛ノ介が振り返ったそこには『珍しいものを見た』と顔に書いてある祈吏の姿があった。


「すみません。盗み見するつもりはなかったんですけど……おふたりとも、安心した顔されてましたね」

「チッ。見返りが欲しくて手ェ貸したわけじゃねーよ」


 忌々しそうに桃を睨みつける。お礼として物を受け取ることに、何か抵抗があるのだろうか。そんな疑問が祈吏の胸中にふと浮かび首を傾げると、狛ノ介がイラついた様子で言い放った。


「弱いヤツに手ェ貸すのは普通だろ。物も感謝もいらねェ」


「そ、そうなんですね。それはとても立派な考えだと思いますよ」


 まるで一族の長のような考えだ――という言葉が喉元まで出かかったが、もしかしたら狛ノ介の前世と何か関係があるのかもしれないと思い、祈吏は言葉を飲み込む。


 そしてヨゼの邸へ向かう道中、先に口を開いたのは狛ノ介の方だった。


「人間はやたらと関わりたがる。面倒くさくてしょうがねえ」

「それは、人によるかもですが……そう感じるのであれば、狛ノ介さんの周りにはそういう方が多いのかもしれませんね」

「周りの人間だけじゃねーよ。さっきのばあさんもそうだっただろうが」


 桃を掲げて眺める目は、どこか複雑そうな瞳をしている。それは本当に利益を得たい気持ちはなかったとでも言いたげな哀愁を帯びたもので、狛ノ介の無垢な心が伺えた。


(あ……もしかしたら)


『人』の営み自体が、腑に落ちていない――祈吏はそんな印象を受けた。


「……何かをした場合、何かが返ってくる可能性が高い、っていうのは、人の世界ではよくあるかもしれないですね」


 その言葉に狛ノ介は祈吏を伏し目がちに見やる。


「狛ノ介さんがしたことについてご自身が納得しているのであれば、返ってきたものは受け取っておいてもいいと、自分は思いますよ」


「……アンタ、人間らしくねーよな」

「え?」


 ――その後、邸に着くまで狛ノ介との会話はなかった。



「――やあ、いらっしゃい。祈吏くんにコマ。こちらの準備は万端だよ」


『休診日』の看板が下がる門をくぐり、邸の裏側にある庭園へ脚を踏み入れる。


 そこにはガゼボに『祈吏さま歓迎会』と書かれた横断幕が飾られ、バーベキューグリルと様々な食材が用意された青空パーティー会場があった。


「今日はわざわざ自分のために、こんな素敵な催しをしてくださってありがとうございます!」

「むしろ入ってからしばらく経つのに、歓迎会の日が後ろになってしまってすまなかったね。今日は存分に楽しんでいってくれたまえ」


 ガゼボの下にあるカウチで、膝にミャプを乗せくつろいでいたヨゼが、祈吏の方へ顔を向ける。

 今日は休診日だからか白衣は着ておらず、いつものハーフパンツに白いシャツ、リボンタイとシンプルな服装だ。


 するとすかさずその傍らから、海老を串刺しにするその人物が声をあげた。



「ちょっとヨッちん。そもそも歓迎会しようって言ったのは俺でしょうが?」


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