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3-3話 控え場での出逢い2

 野球ボールほどの大きさのメロンパンを一口かじる。

 さっくりとした甘いクッキー生地、ふわふわできめ細やかなパンは微かにメロンの風味がする。運動の疲れを癒す味に、思わず頬が綻んだ。


「にしても、この部屋はいつ来ても静かでええねぇ。避難所にはもってこいですわ」

「避難所、ですか? 確かにここの弓道場は、他の競技場に比べると空いてますよね」

「おねーサンはここ長いん?」

「いえ、最近通い始めました。弓……弓道に興味がありまして」

「そおなんや」

「でも、弓道って難しいですね。今は矢を引くので精一杯です」

「ほおー……」


 メロンパンを食べ終えた女性は親指についた砂糖を軽く舐め、祈吏の傍らに置いてある弓を見やる。


「なんや、久々にやりとうなったわ。ちょお、弓貸してもろてもええですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」


(言葉から察するに、弓道経験者の人なのかな?)


 特段拒否する理由もない上、どちらにせよこれは施設から貸し出しされている弓だ。何よりも、経験者の腕前を目の前で見られるのは勉強になるので、祈吏としても是非といった気持ちだった。


 祈吏は弓を手渡そうと立ち上がると、今まで床に膝を着いていた女性もゆらりと立ち上がる。


(え……背、たっかい)


 女性の背は160cmの祈吏よりも頭ひとつ分は高く――『ファッション誌に載っていそうな人』という第一印象がより濃くなる。


「ありがとお。じゃ、行きますか」



 ――5分後。

 弓道場には口元を抑えて女性を見守る祈吏と、矢を放った状態で硬直するその人の姿があった。


「……1本も中らんかったなあ」

「ど……どんまいですよ!久しぶりにされたのに、真っ直ぐ飛んでいっただけですごいです」


 自信満々で弓を持ち、射場へ向かった女性は、構えこそは絵になる凛々しさがあったが、矢が中ることはなかった。


「ああ、思い出した……弓術向いとらんって言われたの、忘れとうたわ」


 ぼそりと女性が呟く。そしてふいに祈吏へ振り返ると、上目がちに見つめた。


「良かったら、おねーサンの引き分け見せてもろてもええですか?」

「えっ。自分のですか……!?」

「うん。せっかくやし現役の人の技見たいなあって思て。だめ?」

「ダメではないですが……自分も全然上手くないですよ?」

「『自分も』って……くく、本音出てんで」

「あっ、すみません……!」

「ヘタだったのは認めるが、コツを教えるのは上手いんよぉ?」


 ――言われるがまま、祈吏は射位につき、弓を構える。

 すぐ後ろについた女性が祈吏の目線を合わせ、同じ光景を見ながら囁いた。


「まずな、お腹のあたりに大木があるイメージで、背を伸ばして――肩は入れて。そんで、目線を真っ直ぐにしたまま――」



「射らねば射られると思って」



 その言葉に一瞬不意を突かれた祈吏は、握っていた矢を放ってしまう。

 弦が弾ける音と共に、放たれた矢は真っ直ぐ的へと飛び――的の横ギリギリをかすめ、安土あづちに中った。


「あ……初めて安土まで飛びました」

「じょーでき。おねーサンきっとすぐに上手くなるよ」

「ありがとうございます!」


(習い始めた時に教えてもらった弓道の心得の真逆を行く思考だったけど……でも、身体の構えとかその通りにしたら上手くいったな)


「はああ~。にしても、飛び道具もええねぇ。しゅかサンな、あんまFPS系はやらんのやけど、なんや久しぶりにやりとうなったわぁ」


 そう言いながら女性はへらりと笑う。祈吏はその言葉を聞いて、首を少し傾げた。


(しゅかさんな、ってなんだろう……? 方言かな)


「教えてくださってありがとうございました! すごく勉強になりました!」


 祈吏の笑顔を見て、女性は満足気に、そしてどこか妖しく微笑む。


「いいえ~、とんでもないです。……ところでおねーサン、今度サンライズのお礼したいから、連絡先交換しません?」

「お礼なんてそんな……! 大したことしてないので、そこまでされなくても大丈夫ですよ」

「実はココに通ってるトモダチ、1人もおらんくてなぁ。おねーサンがオトモダチになってくれたら、ばり嬉しいんやけど……」

「え、そうなんですか……?」


 友達、という単語に祈吏は内心気がゆるむ。かく言う祈吏も、この施設に通っている知り合いが1人もいない状況だからだ。


(別に断る理由もないし、知人が出来るのはいいことだし……メロンパンのお礼は置いといても、連絡先の交換はしてもいいか)


「自分もこの施設に知ってる人がいないので、お姉さんと繋がれるのはありがたいです。こちらこそよろしくお願いします!」

「やったぁ~! じゃ、QRコード交換しよ」


 ――女性がジャージのポケットから出したスマホを見て、祈吏はぎょっとする。

 特撮の怪獣マスコットや最近街中で見かけるアニメキャラのキーホルダー、ゲームだろうタイトルロゴが施された革製のストラップなど、じゃらじゃらと色んなコンテンツが付いている。


(すごい、食べごろの巨峰みたいだ)


 祈吏が差し出したQRコードを撮影し、画面に表示されたユーザー名を見て女性は呟いた。


「祈吏サンか。綺麗な名前やね。これからよろしゅうおたのもうします」

「はい。こちらこそよろしくお願いしま――」



 お辞儀をしかけたその時、控え場の方から誰かが入ってくる気配がした。


「あと探してない場所って言ったら、ここくらいじゃない?」

「今日こそシュカさまにこのプレゼント渡すんだから!」


「ありゃあ。もう見つかってもうた」


 女性は控え場の方を見やったあと、祈吏へ視線を移せば――しーっとするように、自身の人差し指を口元に添え、柔らかくウインクをした。


「祈吏サン、また今度会いましょね」


 そう言い残し、女性は矢道のわきにある矢取り道を通り、その先にある非常口へと消えていく。

 女性の姿が見えなくなったと同時に、控え場の方から祈吏と同い年程度の女子3人が弓道場に入ってきた。


「あれ、ここにもいない……」

「もう帰っちゃったのかなあ。今日こそは連絡先聞こうと思ってたのに」


(……誰か探してるみたい。にしても、お姉さんはまるで逃げるように去っていったな)


 手元のスマホに視線を落とす。友達申請が1件。タップをして表示された名前に――祈吏の中で全てが繋がった。


「『しゅか』……。シュカさん?」


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