3-2話 控え場での出逢い1
(そういえば、あのURLまだ見てなかったな。後で見てみよう)
ジャージの袖をまくり、もうひと頑張りしようかと思ったところでお腹が鳴った。
(今日のお昼の予定まで、まだ時間がある……ちょっとおやつタイムにしようかな)
そう思い、祈吏は弓道場に隣接している控え場へ向かう。
この場所に通い始めてまだ日は浅く、弓道衣も買いそろえる前だ。だが、この弓道場が他のエリアに比べ静かで人気がないことは、通い始めた日から薄々感じていた。
そんな弓道場の横にある休憩室を兼ねた控え場は、この施設内でひと際静かで落ち着く空間である。
鞄の中に入ったおやつを思い浮かべ、戸を開けたそこには――長椅子に項垂れる人の姿があった。
「えっ……ええ!?」
黒いジャージを身にまとったその人物は長椅子に突っ伏し、表情は見えない。床に座り込み、倒れかけてなんとか長椅子にもたれかかった、という様子だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
まさか急病人かと思い、祈吏は血相を変えて駆け寄る。
すると、長椅子にもたれていた指先がひらひらと合図するように宙を舞った。
「ふあー……驚かせてもうてすんません。ちょお、休ませてもろてます」
「あ……そうでしたか」
ハスキーで気だるげな、けれど女性のものだと分かる声でそう言った。
祈吏は状態的にただ事ではないのではと心配しつつ、一旦は応答ができる状態なら大丈夫かと、ほっと胸を撫でおろす。ふいに、意外にも言葉が返ってきた。
「最後に食べたの、昨日の朝やったって忘れとおたわぁ」
そう言いながら、女性は祈吏へ顔を上げる。
ネイビーブルーの髪を左上から右下へアシンメトリーに切りそろえ、突っ伏した腕の中に抱えていたのは襟足から伸びる一本に編まれた長い髪だった。
とろんとした目元は今の疲労からではなく、元々甘い容姿であるのだろう。ファッション誌に載っていそうな雰囲気の人だ、というのが祈吏の第一印象だった。
「あの……もしかして、お腹が空いて動けなくなっちゃいましたか?」
「んー。そーゆうんも、あるかもですねえ。やあ、おねーサンの時間もらうんも悪いんで、気ぃせんといてくださいな」
心配げな表情をしていた祈吏を見た女性は、目を細めるだけの力のない笑みを浮かべる。
けれど祈吏は目の前でお腹を空かしているであろう人物がいつつ――おやつタイムをすることに抵抗があった。
「自分もちょうど休憩をしようと思ってたので。ええと……ちょっと待っててくださいね」
祈吏は荷物置き場に駆け寄り、置いてある自身の鞄から、小さいメロンパンが2個入った袋を取り出す。
「もしアレルギーとか大丈夫でしたら、一緒に食べませんか」
「わあ……サンライズや」
「サンライズ?」
「ああー、こっちだと『メロンパン』やったねぇ。でも、ほんまにもろてもええの?」
「もちろんです」
「そしたら、お言葉に甘えてひとつよばれますわあ。ありがとおございます」
女性は床に膝をついたまま、差し出されたメロンパンをひとつ摘まみ、口に含む。
その様子を横目に見つつ、祈吏は手元のメロンパンに視線を落とした。
(少しでも元気になるといいけど……どれ、自分も食べよう)