表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/121

2-44話 通じ合う心

「ティトゥスさんはしかるべき処罰を受けることになって、アビさんとイオラスさんは和解……そしてイデアさんは、明日自由の身になる、と」

「この夢前世は盛り沢山だったね。イデアくんの生きた時代が見られて良かったよ。それに、祈吏くんの華麗な推理を目の当たりにできてワクワクしちゃった」


 邸宅の中庭に集まり、夜風を気持ちよさそうに受けるヨゼがそう言う。


「恐縮です。でも、あの首飾りについてはマテオさんのアロマの一件がないと気付けないポイントでした。帰ったらお礼を伝えないと」


「黒虎と白虎がいる夢前世だったって言ったら、マテオくんはとても羨ましがるだろうねぇ」



 そう言ったヨゼを横目に『ネコ科なら何でもオーケーなのかな』と祈吏は疑問に思いつつ、人差し指にはめている時環ときわに視線を落とす。リングの中に漂う宇宙はまだ光で満ちるまでもう少し時間がかかるようだった。


「振り返ってみると、たった2日間なのにとても長かった気がします。特に夜道で黒豹に追い詰められた時は、もうだめかと思いました」


「あの時の祈吏くん、本当に危なかったよね! 見つけた時はヒヤヒヤしちゃったよ」


「ええ。狛ノ介さんが助けに来てくれなかったら、どうなっていたことかと……あれ」


(ヨゼさん、あの場にはいなかったのに何で見たふうなこというんだろう?)


 不思議そうに目を丸くした祈吏に、ヨゼはハッとした表情で口元を抑える。


「墓穴掘ったな」


「あっ、ううん! 危なかっただろうなーて! 2人の話を聞いて思っただけ! ……それより祈吏くん、この夢前世のヨゼちゃんはどうだった?」


 ヨゼがふと思い出したかのように、上目遣いで祈吏を見つめる。


「はあ。どうだったかと言いますと」


「お嬢さまのヨゼちゃんはどうだった、ってこと!」


「ああ! とても可愛らしかったですよ。でも、ヨゼさんはヨゼさんなので。現実とあまり変わりありませんかね」


「それって、ヨゼちゃんがどんな姿でも同じってこと?」


「まあ、そうですね」


「あら……そしたら祈吏くんにとって、ヨゼちゃんは特別ってことだ!」


 ヨゼは目の前に座っていた祈吏ににっこりと微笑む。ツインテールに赤いドレス、愛らしい声は現実の様相とは異なるが、祈吏にとってヨゼはヨゼだ。

 満足そうなヨゼに微笑みを返すと、狛ノ介から『いちゃつくな』と喝が入った。




 ――翌朝の早朝。朝靄が漂うローマ市街の離れた場所に、旅立とうとするイデアとアビの姿があった。


「ヨゼ様、祈吏様。本当にありがとうございました」


 外套を被り大荷物を抱えたアビの横には、手綱に繋がれた黒虎――イデアの姿がある。

 アビの首に、件の首飾りはなかった。


「あの首飾りはされていかれないんですか?」


「はい。あれはイデアを『管理するため』にあったものなので。……今まで人間の都合に合わせてしまったんです。もし道中で俺が殺されることがあれば、それは運命だと受け入れます」


「そうですか……」


 アビの獣使いとしての矜持が、その答えを選んだのだろう。面持ちは晴れ晴れとしていた。


「ところで、イデアくんをどちらまでお連れになりますの?」

「ここから東へ歩いて5日ほどのところにある、イデアが生まれた森に帰してきます。そこならきっと、すぐに馴染めると思うので」


 アビがイデアに視線を向ける。


「イデアを自然に返したら、俺はここに帰ってきます。……本当はずっと一緒にいたかったですが、それぞれの場所で暮らすのが幸せなんだと思いますので」


 イデアの額の蕾はぼんやりと輝いている。けれど未だに咲かない――その光景に、内心祈吏たちは焦りを感じていた。


「自由の身になると決まったのに、いまだにイデアさんの蕾が開きませんね……」


「あと少しなんだけどなあ。何か大きな見逃しがあるのかも……」


(イデアさんは自由の身になりたかった。それは間違いない。けど、何かが足りないんだ……)


 ――祈吏は今まで目にしたふたりを思い出す。

 調合部屋でアビの不安を察知し、ティトゥスに歯向かおうとしたあの時。夜宴で片時も離れなかった光景、刺客にあった際アビを庇っていた様子、そして今、アビに向けられたその表情――


 期待と不安に満ち溢れ、そして己ではどうにもできない運命に身を委ねることを覚悟した瞳をしていた。


(……もしかしたら)


「……アビさん。以前アビさんはイデアさんを『我が子のように思っている』と仰ってましたが。反対にイデアさんはどう思っていると思いますか?」

「え、イデアが俺をですか?」


 今まで考えたこともなかった、というふうにアビはイデアを見つめる。

 アビはその瞳を見つめ――


「……大切な兄弟、ですかね」


 ぽつりと呟いたその時。――イデアの額に刻まれた蕾がゆっくりと開き始めた。


「グルル……」


 イデアは猫のように喉を鳴らすと、アビの顔を大きな舌でぺろりと舐める。

 アビは嬉しそうに目を細め、その大きな鼻を撫でた。


「首飾りに依存していたのは、俺の方でしたね……いま、初めてイデアと心を通じ合わせられた気がします」


「アビさん……イデアさん、良かったですね!」


「じゃあ、そろそろ行きます。祈吏様、ヨゼ様。そしてコマノスケ。本当にありがとう!」


 朝日が昇る荒野を背に、アビは振り返る。

 そしてその隣にいる黒虎の表情は穏やかで――額には真っ白なプロテアの花が咲き誇っていた。


「どうかおふたりともお元気で!」



 手を振り、背を向けて去っていくふたりの姿が朝日に融けていく。

 イデアが伝えたかった『気持ち』をアビへ伝え、自由へ向かうその姿は、まさにこの世のしがらみから解放されていくようだった。





 ――後日、邸に訪れた黒須は憑き物が落ちた顔で『1か月の休暇を取った』と打ち明けた。


「今まで元上長の代わりになるよう、彼を踏襲し業務に当たっていました。そして現上司からの圧力に対して、反骨精神で挑んでいたのですが、全てやめました」

「元上長の真似をしなくてもいい、僕なりの働き方でいいのだと気が付いたので」

「今はゆっくり休暇を取っている最中なんです。ああ、あとは元上長にも会いに行きました。ご病気をされていたのですが、寛解されたと伺ったので。僕の信じたやり方で、会社を引っ張ってくれと仰ってましたよ」


「そうですか。それは良かったです」


 ロイヤルミルクティー2杯が並ぶローテーブルを挟み、ヨゼが微笑む。


「ところで、あの花に囲まれた虎の絵、とても素敵ですね。花はプロテア……ですかね? 以前はなかったかと思いましたが、購入されたのですか?」


「ありがとうございます。その絵はですね……」



 ――その頃、邸の表側にある日本庭園にそのふたりはいた。


「……え。イデアさんって女の子だったんですか」

「ハ。気付かねーとかマジ?」


 狛ノ介は脚立に上り、庭木の剪定をしている。その手さばきは慣れたもので、恐らく狛ノ介が庭の手入れ担当なのだと、箒で落ちた葉を集める祈吏は思った。


「そういえば。これは聞き流してもらって構わないのですが。黒須さんの絵は絵具で描いてました」

「……ハ?」

「この前お話した絵ですよ。自分、寝ている時にだけ絵を描くとお話したでしょう」

「ああ、それ。ふーん」


 そして狛ノ介のそっけない返事は話を続けてよいものだとこの1週間で学んだので、そのまま言葉を続けた。


「お花と緑に囲まれて、木の上でくつろぐ黄色い虎が1頭描かれていましたが、黒い虎はどこにもいなかったんです。……これってやっぱり、イデアさんが見たかった光景だったんじゃないかって、割と確信を得ました」


「あっそ。じゃあアンタの夢遊病がなんなのか、分かったの?」


「いえ……そこまでは流石に。でも、今回は絵具で描いていたのはかなり手がかりになりそうなんですよね。画材を買ってみてよかったです!」


「ふーん。……アンタの絵に興味はねーけど、その夢遊病はオモシロイと思うぜ」



 そんな話をしていると、カウンセリングを終えた黒須が邸の扉から出てきた。


「黒須さん! カウンセリングお疲れさまでした」

「こちらこそ、お世話になりました」


 呼び止めると黒須は深々と頭を下げ、晴れやかな表情で顔を上げた。


「そういえば、貴方も不眠で悩まれていると言ってましたよね。あまり無理せず、自分のペースで治していってくださいね」

「はい、頑張ります……!」


「……君にも、先日は口が過ぎてしまってすまなかった。この美しい庭は君が手入れしているんだね。とても素晴らしいと思うよ」


 黒須が狛ノ介へ視線を向ける。以前の黒須からは想像できないほど、穏やかな表情だった。


「んー。……ま、人間頑張れよ」


 狛ノ介は頭をひと掻きし、いつものそっけない口調で言った。




 黒須の見送りをした後、剪定の後片付けをしていた狛ノ介に、ふと祈吏は疑問を抱いた。


(自分は夢遊病を解決するためにヨゼさんの元で働いているけど……狛ノ介さんも何か目的があるのかな)


「狛ノ介さん。どうしてヨゼさんの元で働いているんですか?」


 夢前世に行けば獣の気持ちになれるから。という答えを祈吏は想像していた。

 狛ノ介はその問いかけに片付けをしていた手をぴたりと止め、制止したまま神妙な表情になる。


「俺サマを人間にしやがった奴を探してる」

「え……」


 沈黙が流れる。そして、ふいに呟いた。


「ヨゼがなんなのかは知らねーが、アイツがいれば突き止められる。それだけは、分かんだ」


「ヨゼさんが何なのかって……」


(狛ノ介さんも、ヨゼさんがただの『人』じゃないって――気付いてるってことか)


 祈吏は最初に感じた『直感』を信じる人間だ。あの黄昏時にプラネタリウムの下で見た、虹色の瞳は人ならざる者のものだったと、信じて疑っていない。


「こんちはー」


「あれ……今日この時間帯は予約入ってないのに、誰だろう」


 ふと、門の向こうから掛けられた声に顔を上げた。


 そこには黒のセットアップを身にまとい、黒髪ワンレンヘアに金メッシュ――丸いサングラスを掛けた男がいる。


「うげ。アイツか」

「狛ノ介さん、お知り合いですか?」


 男はおもむろにサングラスを取る。それは宵を思い出すグラデ―ションレンズで、どこかの誰かを彷彿とさせた。


「ヨッちん、います?」




-2章 了-

2章はこちらで完結です。ここまでお読みくださりありがとうございました。

獣の前世を持つ狛ノ介の活躍とイデアとアビの種を超えた繋がり、謎が深まるヨゼの正体……いかがでしたでしょうか。


3章からは最後に登場したやたらとヨゼにフランクな男が登場します。他にもストーリーに関わってくる新人物が出てくるので、ご興味ありましたら是非引き続きお付き合いください。


(追記です) 3章更新は8月末以降を予定しています。


こちらの話のあとに、3章から登場する人物の紹介を掲載します。どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ