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2-42話 真相1

 突然、部屋の扉が重たい音を発てて開く。その向こうには、険しい顔をしたイオラスの姿があった。


「イオラスさん……来てくれたんですね」

「約束はしたからね。……アビ、くたばらなかったようで残念だよ」


 イオラスの憎しみに満ちた視線がアビに向けられる。けれどアビはイオラスを真っ直ぐ見返した。


「イオラス。お前と話がしたかった。……俺も全て話そう」


「――どうやら、役者は揃ったようですわね」


「あ……ヨゼさん!」


 凛とした少女の声に祈吏は振り向く。そこにはベッドから上体を起こし、眠たげに目をこするヨゼの姿があった。


「祈吏くん、コマ。ここまで頑張ってくれてありがとう」

「ヨゼさんこそ、無茶し過ぎですよ! 身体は大丈夫ですか?」


 祈吏はベッドから降りようとするヨゼに駆け寄り、その身体を支える。

 まだ薬が残っているのか、足元はおぼつかない。だが、一歩ずつアビと眠るイデアに歩み寄った。


「あら。イデアくんの未練は解放されなかったんだ。……けど、ここまでの事件を明らかにできれば、その『本当の未練』が見えてきそうだね」

「祈吏くんがここにイオラスさんを呼んでくれたということは……解明できたと思っていいのかな?」

「はい。大体の真相は分かりました」


 祈吏とヨゼを中心に、狛ノ介、イオラス、ティトゥス、アビ、そして眠るイデアが囲んでいる。


 一拍深呼吸をした後、祈吏は覚悟を決めてから口を開いた。


「イオラスさん。貴方が昨晩アビさんを襲撃した首謀者――かつ今朝の試合を仕掛けた犯人ですよね」

「……そうだよ。そこに被害者アビがいるんだ。言い訳なんてしないさ」

「イオラス……」


「僕はアビを心の底から羨み、憎んでいたんだ。兄弟子であるのにイデアに一切懐かれず、師匠にも後継者として選ばれず……そして敬愛する恩師をアビは見殺しにした。だから、イデアに気付け薬を仕込んで、師匠と同じ苦しみを味わせてやろうと思ったんだ!」


 イオラスが苦しい表情で叫ぶ。その勢いに祈吏の肩がびくりと跳ねたが、身体が震えたものは他にもいた。


「イデア……目が覚めたのか」

「あ……イデアさん!」


 鎮静薬が解け始めたイデアは顔を上げ、蒼い瞳を丸くして辺りを見回す。

 イオラスが仕込んだという気付け薬はすっかり抜けたその顔は、なぜ自分がこの場にいるのか、理解できていないようだった。


「っイデア……!お前さえいなければ、師匠は死ななかったんだ!」


 イオラスは猛々しくイデアに向かって叫ぶ。対照的にイデアはゆっくりと立ち上がると、まずはアビの傍に擦り寄る。そして、静かにイオラスの方へ歩み寄り――その額を擦り付けた。


「……グルル」

「っは……なんだ……」


 まるで甘えるかのように、イデアはイオラスに身体を寄せる。

 イオラスは唖然とした顔で、されるがままにしていた。


「まさか、イデアに……猛獣に慈悲があるとでもいうのか」

「……イオラス。残念だが獣に慈悲はない」


 その光景を悲壮な表情で見ていたアビは言った。そして、祈吏もアビの言葉の真意について気が付いている。


「……これが、アビさんとイデアさんを繋いだものですよね」


 逡巡しながらも懐から取り出したのは、アビが身に着けていた首飾りだった。



「それって、アビさんの首飾りだよね?」

「はい。この部屋で拾いました。多分ですが、イバンさん殺人の疑いで取り押さえられた時、落とされたのではないでしょうか」

「この部屋に落としていたとは、気が付きませんでした……祈吏様の仰る通りです」


 アビは首飾りを受け取ると、丸い透かし細工のペンダント部分に力を込めた。

 すると内部の金具が外れ、中に入っていたものが明らかになる。そこには、木片と薬草がびっしりと詰められていた。


「あら、薔薇のいい香りがする。……これは、もしかしなくてもマタタビだね?」

「この首飾りを拾った時、一瞬アビさんがすぐ傍にいるような錯覚がしました。それはこの首飾りの香りだと、気が付いたんです」

「ふーん。ソイツから変な感じがしたのはそのせいか」


 狛ノ介がどこか腑に落ちたようにそう言う。


「アビさん。貴方はこの首飾りでイデアさんの精神状態を安定させていたのではないですか?」

「……はい、その通りです」


 アビは秘密を暴かれた今、全てを打ち明ける覚悟をした目でそう頷いた。


「これは獣をリラックスさせて、敵意をなくす調合にしてあります。師匠から受け継いだ調合で、他言無用の代物です」


「師匠は亡くなる寸前、この首飾りを俺に託して、なぜ自分がイデアに襲われないかを話してくれました。イデアは人慣れはしているが気が不安定なため、常にこの香りで紛らわせていると……」


「亡くなる寸前、ということは……それまでアビさんはこの首飾りについて知らなかったんですか?」

「はい。亡くなる日の朝に、全て聞きましたから」


 イオラスの懐疑的な視線がアビに向けられる。黙って聞いている姿は、何か答えを間違えればすぐにでも噛みつきそうな雰囲気だった。



「……師匠は、イデアに魅せられてしまったんです」


「魅せられた、だと……?」


「長年イデアと共に過ごし、師匠はイデアに対して情が湧いていた。……この首飾りがなくとも、イデアと心を通わせられたらと、夢を抱いていたんです」


「殺されても獣使いの本望だと、師匠は首飾りを俺に託し、イデアがいる牢に入りました。……香りを纏わない師匠に撫でられるイデアは気持ちがよさそうでした」

「ですが、じゃれつこうとした拍子に爪で師匠を引っ搔いてしまい――血の香りが『本能』を呼び覚ましたのでしょう。その先は一瞬の出来事でした」


 師匠の最期が瞼の裏に焼き付いているアビは、苦い面持ちでそう語った。


「いくら人に慣れていると言えど、獣の純粋な本能を前にすれば、人間はあまりにも非力です。それまで俺たちがイデアを飼い慣らしていると驕ってましたが、首輪をかけられていたのは俺たちのほうだったんですよ」


 アビはそっと、イオラスの傍らにいるイデアを見つめる。

 黒虎の蒼い双眸は普段となんら変わらない、澄んだ瞳をしていた。


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