2-40話 選び取ったもの
「イオラスさん……」
「祈吏さんだったよね。まさか獣使いのキミがこんなとこにいるだなんて、どうしたの?」
「単刀直入に聞きます。イデアさんとアビさんを試合に出したのは貴方ですよね」
揺るぎない祈吏の言葉に、イオラスは一瞬呆気にとられる。
けれどすぐに表情を戻すと、どこか観念した様子でアッシュブロンドの髪を掻き分けた。
「そうだと言ったら? キミには関係のない話だろう。首を突っ込まないでもらえるかな」
「亡くなられた恩師さんの復讐であるなら、すぐに止めるべきです」
「……分かったような口を聞くな」
「何も分かってないですよ。でも……自分は貴方の知らないことを、知っています」
その時、アリーナの方から歓声が上がる。振り向くと剣闘士たちが鉄柵で出来た門の隙間から、向こうで繰り広げられる激闘を観戦していた。
「あのコマノスケとかいう虎、すげーじゃねえか!」
「あんなのがコロッセウムに出てきたらいよいよ覚悟しないといけねえな……」
(狛ノ介さんが頑張ってくれてる……もう時間がない!)
「イオラスさん。イデアさんを止めた後、アビさんに本当のことを教えてもらいましょう」
そう言い放った祈吏の手には、鎮静薬の入った瓶と吹き矢が握られていて。それを見たイオラスは、フッと嘲笑を浮かべた。
「いいよ、約束しよう。だが……吹き矢が今のイデアに届くと思ってるのか? だとしたら、キミが言う真実とやらを僕が知ることはなさそうだな」
「あ……確かに、これじゃ無理がありますよね」
(どうしよう。どうやってイデアさんに鎮静薬を与えるかまで考えてなかった……!)
焦りを感じたその瞬間、アリーナから大きなどよめきが響いてきた。
「っああ、やっぱりイデアの方が一枚上手だったか!」
「えっ……!」
観戦していた剣闘士の言葉に祈吏はすぐさま門の方へ駆け寄る。
その向こう側に見えたのは、イデアに爪牙を振るわれ、肩から流血する白虎の姿があった。
「狛ノ介さん!」
狛ノ介が言ったタイムリミット――7分が間もなく過ぎようとしていた。
(もう悩んでる暇はないのに、どうしたら……!)
――その時、ふと祈吏の耳元で誰かが囁くような気配を感じた。
声のした方へおもむろに顔を上げると、その先には壁に飾られた飛び道具の数々がある。
(あ――……あれしかない!)
――一方アリーナでは、イデアと狛ノ介の死闘が繰り広げられていた。
「オマエ、口ばっかりじゃなかったんだな。その勢いで普段から生きろよ」
「ッグルルオオォッ!!」
襲い掛かるイデアの爪牙を寸でのところで避けると、尾を引くように狛ノ介の肩から血が流れる。
イデアの動きを封じるような致命傷を負わせず、炸裂する猛攻を避けるのは至難の業だった。
イデアの動きは時間が経つにつれ激しさを増していく。狛ノ介の言った7分が過ぎようとしている今、渾身の一撃を食らわされた時には、牙を剥かざる負えない――そんな懸念が狛ノ介の胸中に蔓延する。
「アイツら、何ちんたらしてんだし……!」
「ッヴォウ!」
「っクソ!」
黒虎が宙に舞い上がり、狛ノ介目掛けて大口を開ける。
イデアの背負う逆光に目を細めたその時――狛ノ介の耳に呼び声が届いた。
「狛ノ介さん! お待たせしました!」
「っおせーよ! ……っあ?」
狛ノ介の視線の先には、弓を構える祈吏の姿があった。