2-39話 物欲センサー
「物欲センサー? ってなに?」
「欲しいと思ったものが、絶対に当たらないんですよ」
カプセルトイやくじ引きで、欲しいものを意識すると1番興味がなかったものが当たる。
それは己の欲が深いほど、ほぼ絶対と言える域で現れる事象だった。
「でも、面白いことに当たる時は絶対に欲しいものが当たるんです。そういった時は、ピンとくるものがあるのですが。今はそれが一切ない状態なので」
「じゃあ、匂い嗅いでみよう! ……どうしよう、どっちもアーモンドっぽい臭いがする」
「ああ……じゃあやっぱりどちらかが『当たり』ですね」
片方が『はずれ』であるなら、確実だろうと。
「本当に、最後の最後でこんなお願いをしてすみません……でも、今は絶対に自分が選んだらいけないんです」
ヨゼが選んだ答えで、誰かが死んだら大変な役目を負わせてしまったことになる。だからこそ、祈吏は最後まで選び抜くつもりだった。けれど、己の『直感』が今は選ぶなと語りかけている。
万感の思いに震える祈吏の手に、白い手がそっと重なった。
「何言ってるの!祈吏くんはここまで頑張ってくれたんだから、それだけでも充分なんだ」
「ヨゼさん……」
手から伝わる体温が温かい。それは肌を通して、身体を巡る血へ、そして祈吏の心へ届く。
「ヨゼちゃんは祈吏くんのこと、信じてるし信頼してるよ。どんな結果になったって、責任は取る。だから、安心して選んで」
ヨゼの柔らかい笑みは現実世界で見るものと何ら変わらない、心に安寧をもたらすものだった。
どんな気持ちでそんな優しい言葉をかけてくれたのかと、その心中を想像しただけで、祈吏の涙腺は緩み、目尻が薄っすらと赤く濡れる。
その思いに答えたいと、決心し――その瓶を掴み取った。
「っ……絶対これです!! 誰も死なせません!!」
「よし、じゃあ当たりはこっちだ! ちょろっと毒見するね!」
「えっ」
ヨゼが床に残されたもう一瓶を勢いよく手に取ると、軽快な音を発てて蓋を開けた。
「言ったでしょう? ヨゼちゃんは祈吏くんを『信じる』って」
(信じるって、そっち――)
祈吏が心中でツッコミを入れる間もなく、ヨゼは瓶を煽り――その薬を一口飲んだ。
まさかの光景に祈吏と、後ろで見ていたティトゥスは同じ表情で硬直する。
そしてヨゼはがくんと首を前に戻し――満足気に笑った。
「さすが、ヨゼちゃんの相棒だ」
「っヨゼさん!?」
華奢な身体はぐらりと揺れ、後ろへ落ちるように倒れる。
すぐさま祈吏がその身体を抱き留め、早鐘を打つ心臓を握りつぶす勢いで叫んだ。
「大丈夫ですか!!ヨゼさんっ!」
「……すー」
「あ……」
規則正しく上下する胸は眠りに就いているのを物語っており、ほっと息を吐く。
その光景はまさに『ヨゼの選択が当たり』だったのだと突きつけるものだった。
「ティトゥスさん……貴方を信じてお願いしますが、どうかヨゼさんを安全な場所へ連れていってあげてください」
「それは、構わないが……本当にイデアを止められるのか?」
「はい、止められます」
淀みなくそう答え、ヨゼが握りしめていた瓶を手に取った祈吏は立ち上がる。そして室内を見渡した。
「一切の霧が晴れました」
――祈吏の視線の先には、イバンが使っていた吹き矢があった。
――ヨゼと祈吏が鎮静薬を探している頃、狛ノ介はイデアと対峙していた。
「調教された恨みを晴らすため、イデアが獣使いアビに襲い掛かろうとした今! 天の使いと言わしめたコマノスケが現れたァ!!」
VIP席での実況役の声がアリーナに響く。そして1階席から上へ昇るように歓声が湧き上がった。
「祈吏様の、狛ノ介……なぜここへ」
「勘違いすんなよ。アンタのためじゃねーから」
言葉が通じないと分かっていながらも、ボロボロのアビを目の前にした狛ノ介はそう答えた。
白虎の向かいには、鼻息の荒い黒虎――イデアが立ち臨む。
アリーナに落ちる午前中の日陰が、2頭の黒と白の身体を少しずつ陽の元へ曝け出していく。
「なんだ、イイ顔してんじゃん。オマエの『本能』は消え失せたと思ってたぜ」
「フーッ、フーッ……」
「『現実』であんだけ威勢が良かったんだ。手なづけられたまま終わるなんて嫌だろ? ……かかってこいよ」
「――すみません、通ります! 通してください!」
祈吏はアリーナへ通じる通路を探し、剣闘士たちが占領する広間に訪れていた。
(アビさんがいた地下通路の門は閉じてて出られなかった……もうここから出るしかない)
場違いな真っ白いドレスに、脚を露わにした祈吏に場の視線が集中する。
それは好奇なものもあれば、怪訝なものまで千差万別だった。
「――そこのキミ。何故こんなところにいるんだい?」
「え――貴方は」
ふいに掛けられた呼び声に振り向く。そこには、涼やかな笑みを称えるイオラスの姿があった。