2-37話 激動
「昨日話した『仮説』に……イデアくんが近付いているものね」
――イデアがアビを殺害するという最悪な結末が、現実味を帯び始めている。
祈吏はヨゼの言葉に深く頷き、今にも走り出しそうな気持ちを堪えながら訴えた。
「今は説明している時間が惜しいです……!なんとかしてイデアさんを止めないと」
「よし分かった。祈吏くん、アビさんの部屋へ行こう。コマはしばらく時間稼ぎをしてくれるかな」
「は、時間稼ぎ? あの黒虎を抑え込めってんだったら御免だな」
「そこをなんとかお願いっ! コマなら上手くできるでしょう?」
「今の黒虎は普段と違う。本気でやる必要があんだ、俺サマかアイツが死んでも知らねーぜ」
狛ノ介はいつものそっけない口調で言った。彼の表面しか知らない人から見ればあまのじゃくな反応に見えただろう。
けれど祈吏にはそれが『嘘ではない』と感じられた。
「狛ノ介さんがこんな局面で正直になるとは思ってませんでした」
「ハ。アンタ、俺サマを馬鹿にしてんのか?」
「いえ! 決してそう言うわけじゃないですよ。なんというか……とても冷静に、俯瞰して現況を捉えられているので驚きました。107回も獣として生きたご経験がある方は、やっぱりすごいですね」
狛ノ介は一瞬目を見開く。そしてどこか罰が悪そうに視線を伏せた白虎の背を、ヨゼがそっと撫でた。
「せっかくの夢前世なんだから、虎の身を堪能しておいで」
「フン……顎で使いやがる」
目を細めた白虎の表情は、小憎たらしさはありながらもどこか愉快そうで。トンと宙へ翻り、窓の手すりへ降り立つと、僅かに振り返った。
「せいぜいもって7分程度だ。それ以上はどうなるか分かんねー。それまでにアイツを止める方法を探せ」
白虎はアリーナへ滑らかに降り立つ。突然の乱入に観客席はどよめいたが、すぐに熱狂へと変わっていった。
「無理しないでね、コマ――……さあ、貴方にもついてきてもらいますよ」
――ヨゼたちがアビの部屋に辿り着いたのは、狛ノ介と別れて2分経った頃だった。
ティトゥスのテラスから獣使いのテリトリーまでは距離があった。そんななか、ドレスのふたりは人目を気にしていられなかった。ヨゼは裾を抱え、祈吏はたくし上げた裾を太腿あたりで縛り、全速力で向かったのだった。
「ヨゼ様っ、何故そんなに急ぐのですかっ……!」
「7分しか持たないと狛ノ介から聞いたのです。さあ、ティトゥス様。息継ぎをしてる暇はありませんよ」
引き連れてきたティトゥスに冷ややかな微笑が向けられる。
アビの部屋にティトゥスを連れてきたのは他でもない、毒薬を仕込んだ犯人にしか分からないことを聞き出すためだった。
「貴方、毒薬をこの部屋に残したのでしょう。その在り処を教えてくださいな」