2-36話 突きつけられた真実
「昨晩アビさんと祈吏くんを襲った刺客ですわ」
「……それは言いがかりだ。僕が毒を盛ったのは認めよう。だが、刺客を仕向けた覚えはない」
「え――……?」
その瞬間、窓の向こうでひと際大きく歓声が沸いた。
ヨゼとティトゥスが問答するなか、祈吏は一歩一歩テラスの窓際へ歩む。
「クロスボウで祈吏くんたちを殺そうとした刺客です! ティトゥス様じゃないとしたら、一体だれが」
「ヨゼ譲。貴女はご存じないだろうがクロスボウなんて代物、所持が許されるのは軍関係者くらいですよ。街中を警備する護衛兵ですら携帯しません。鎧を貫通する程の威力を持つあれは、相手を本気で殺す場でしか使わないものです」
「そんな……」
「他に普段から手にする者と言えば――コロッセウムで試合に立つ人間くらいでしょう」
祈吏がテラスの窓際に手をかけ、息を呑む。
アリーナには傷だらけのアビと対面する、黒虎の姿があった。
――数分前。アリーナ入場口の門の近くで、ひとりの男が複数の剣闘士たちに甚振られていた。
「っイオラス……! 何故こんなことをするんだ!」
「何故、だと? はは、そんなことも分からないのか。……勘の悪いお前には、昔から度々苛ついていたよ」
剣闘士たちの中心には、傷だらけで膝を着くアビの姿があった。鞭で叩かれ破けた服からは、裂けた傷口が露出している。そんな光景を目の前にしたイオラスは、険しい表情でその胸倉を掴んだ。
「僕は師匠にも、イデアにも選ばれなかった。なのにアビ、お前は両方とも手に入れたんだ」
「それは……」
「兄弟子である僕が、師匠に選ばれなかった気持ちが分かるか? ……お前ならと思って師匠を託したのに、お前は師匠を殺したんだ」
「っ違う! 本当に師匠の死は事故だったんだ……! だからこそ、お前に――」
「黙れ!」
イオラスはアビを無理矢理に立たせ、アリーナの向こう側へ乱暴に押し出す。
「っイオラス! 頼む、話を聞いてくれ!」
「特別な存在になれて良かったな、アビ」
ふたりを隔てるように鉄柵が降り、イオラスは地下道の奥へ去っていく。
アリーナへ放り出されたアビに、民衆の歓声と好奇の視線が集中する。そして向かいのゲートから、アビが最も見慣れた獣が姿を現した。
「まさか……イデア……!」
「どうして、アビさんが試合に出てるんですか……!? しかも相手はイデアさんだなんて!」
「僕は何も知らない! 無関係だ!」
「アビさんを連れて行ったのは護衛兵だと聞いていたけど。もし、その後に『刺客を仕掛けた相手』に身柄が渡っていたとしたら……最悪なことになってしまったわ」
焦るヨゼを横目に、祈吏は昨晩起きたもうひとつの窮地を思い出す。
「……黒豹」
「え? 祈吏くん、それって昨日言っていた例の……」
「はい。昨夜の黒豹です。あれ、絶対に野性じゃないですよね」
「……確かに、考えてみれば不自然だ」
「だとしたら。アビさんを最初から殺そうとしていたのは、獣が扱えて、クロスボウを入手できて、アビさんに恨みがある人――」
「――おい。あの黒虎、正気じゃねーぞ」
テラスからアリーナを見下ろした狛ノ介が、珍しく鬼気迫る語調で言った。
祈吏とヨゼに動揺が走る。同時に――祈吏の中に、今まで知り得た情報が電流の如く駆け巡った。
(イデアさんの境遇、アビさんたちの師弟関係、狛ノ介さんが言っていた獣の本能、受け継がれた首飾り――)
(――黒須さんが見る、上司を殺害する夢)
「……それって、まさか」
「祈吏くん?」
祈吏はヨゼたちに振り返り、力強く叫んだ。
「早く、早く助けに行きましょう!! 今のイデアさんは――アビさんを殺しかねないです!」