2-34話 黒髪の被疑者2
「おやおや……言いがかりはよして頂きたいですね」
ティトゥスが余裕たっぷりに目を細める。そして自分は何も関係していないとでも言いたげに、顎を上げそっぽを向く。
「アビが殺人を犯したのは同室の男を恨んでいたのでしょう。名前も知らない、奴隷の獣使いをどうして僕が殺さないとならないのですか」
「言いがかりではありませんよ。あれはアビさんを貶めるための殺人だった、と考えていますの」
ヨゼは平然とそう言い放つと、隣にいる祈吏に振り返った。
「さあ祈吏くん。説明してもらえるかな?」
「えっ。自分ですか」
ヨゼはにっこりと微笑んでいる。隣にいる狛ノ介はしたり顔をしている。
2人ともここまで役割としては十分に担ってくれた。だとしたら確かに、自分が説明するべきなのか……と受け入れた祈吏は、こほんと咳払いをし、口を開いた。
「まず、この殺人をアビさんがしたとは考えられない根拠が2つあります」
「根拠だと……?」
眉間にしわを寄せたティトゥスは怪訝な面持ちで祈吏を見やる。
「昨日アビさんは夕方から夜まで自分たちと一緒にいたので、お茶を用意することができない状況でした。まずこれがひとつめです」
「そんなことだけで、アビが殺人を犯していない証拠になるとでも思っているのかね?」
ティトゥスは挑発的にふんと鼻で祈吏をあざ笑う。
ヨゼではなく祈吏に対しての当たりの強さから察するに、身分というものについて拘りがあることが伺える。けれど祈吏は毅然とした態度で頷いた。
「はい。これは『アビさんとイバンさんが2人でお茶をしていない』ことの裏付けに繋がります」
「イバンさんが亡くなった部屋に残されていた2つの杯ですが、片方は使用済みで、もう片方は未使用でした。これは不自然だなあと思ったのですが、ティトゥスさんはどう思われます?」
「知らんな」
ふん、と顔を背けたティトゥスに対して、祈吏は淡々と言葉を続けた。
「例えばですが、アビさんがイバンさんにお茶を振る舞い殺害に至ったのなら、普通ならフリだったとしても、自分の杯にもお茶を注ぐはずです」
「なのに片方だけお茶が入った形跡があり、しかもその杯は床に落ちてしまっていた。これは昨夜、イバンさんが1人でお茶を飲み、その拍子に手元から杯が落ちたからでしょう」
「見たわけでもないくせに、よくもそんな想像ができるな」
依然としてティトゥスは否認する。
(どうにか畳みかけないと……ああ、そうだ。あれを仕掛けてみるか)
「とにかく、アビさんが本当にイバンさんを殺したかったのであれば、ご遺体は亡くなった後すぐに処理されたはずです。それをせずに今回捕まったというのは、とても不自然なんですよ」
「そしてお茶の中にはシアン化物――」
「シアン化物?」
ティトゥスは聞きなれない単語に首を傾げる。その様子からこの時代では『毒』に対して名称が付いていないことが推察できた。
「ええと。毒が入っていました。これはまごうことなき事実です。何故、この事実が分かったか、ティトゥスさんに見当はつきますか?」
「それはもちろん、アビが毒を持っていたからだろう」
そう言いながら、ティトゥスはここに来てようやく協力的な素振りを見せる。
そして、何か思いついたのか――ふいに大きく手を叩いた。
「なるほど!分かったぞ。アビが出かける前に茶を用意し、その中に毒を入れた。そして、その茶を同室の男が1人で飲んだ、ということだ!」
「……ボロがでましたわね」
静かに祈吏の推理を聞いていたヨゼが、冷ややかな笑みを零す。ティトゥスは見当が付いていない顔をしているが、祈吏は確信を得た瞳で真っすぐ見つめた。
「アビさんが殺人を企てるのが不可能な根拠のもうひとつですが。アビさんは、毒を所有していないんですよ」