表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/121

2-26話 闇夜に光る切先

 ――夜のローマ市街は驚くほど人気がなかった。

 それは祈吏が以前に福田の夢前世で目にした18世紀プラハの比になるものではなく、街灯どころか、街明かりはひとつも灯っていない。

 けれど幸い満月が煌々と輝いているおかげで、家々の輪郭や自分の手元は視認できる。

 あとは視線の先を進んでいく、アビのカンテラの灯りのみが頼りの綱だった。


「アビさん! コロッセウムまでお送りします――」


 祈吏が声をあげたその時――アビは角を曲がり、祈吏の視界から消える。

 そして、間髪入れずに虎の咆哮が轟いた。


「ガァオルルルル!!」

「っ!? アビさん、イデアさん!!」


 急いで2人の方向へ走り出し、角を曲がるとそこには座り込むアビの姿があった。

 アビを庇うかのようにイデアが空に向かって威嚇をする。天を見上げると、高架橋の上からこちらを狙う何かがきらりと光る。


(あれは——)


 それがクロスボウの柄から続く矢尻の反射だと気付くのに、時間はかからなかった。


「アビさん! 立てますか!?」


「祈吏様!? どうしてここに……っ」

「っわあ!? 脚、血すごく出てるじゃないですか!?」

「俺は大丈夫です、腿を少し擦られただけです……!」


 そうこうしているうちに、2人めがけて矢は音を切り裂き、五月雨に降ってくる。

 祈吏は肝を冷やしながらも己の勘にしたがって良かったと、アビの身体を支えて立ち上がった。


「逃げましょう!」


 傍ら、イデアがふたりの盾になるように背後を守り、何度もその射手に向かって威嚇を続けた。


(一体だれがこんなことを……!? 狙いがアビさんなのか、もしくはイデアさんなのか分からないけど……今はとにかく逃げるしかない!)


「ガァオウ!」


 その時、イデアが身体を小さく縮こませ、矢の降ってくる先を凝視する。

 次の瞬間、身体をバネのように伸縮し――飛びあがろうとした寸でのところでアビが叫んだ。


「イデア! 殺したらだめだ!」


 その叫び声にイデアは身体をぴたりと止め、ハッとした顔でアビの傍へ走り寄る。

 イデアの視線の先をふと見ると、そこには真っ青に血の気が引いたアビの顔があった。


「アビさん……?」

「絶対駄目だ、外で大事を起こしたら、イデアの処遇がどうなるか……それにいまは特例でヨゼ様のお許しのもと外に出ているんだ、ヨゼ様にも、ご迷惑をお掛けしてしまうっ……」


 早口で独り言のように呟くそれは、どう見ても精神的に窮地に追いやられている様子で。

 アビの首には汗が伝い、寒くもないのに歯はかちかちと音を立てて震えている。それは祈吏が感じた恐怖を凌駕していると、ひとめで冷静になってしまうほど伝わってくるものだった。


(アビさん、ものすごく混乱してる……あれ)


 支えたアビの反対側。だらりと垂れ下がった手のうちで、親指の腹と中指をしきりにこすっているのに祈吏は気が付く。


 そしてそんなアビを、イデアは怜悧な瞳でじっと見つめていた。


(……狛ノ介さんが言っていた合図って、もしかして)


「……アビさん!」

「っはい!?」

「絶対、大丈夫です! 自分を信じて付いてきてください!」


 祈吏は己の震える膝を叩いて誤魔化す。そしてアビの腕を支え直すと、傍らにいるイデアに視線を向けた。


「イデアさんも、心配しないでください。怪我しないように、気をつけて付いてきてくださいね」

「グルル……」


 ようやく黒虎と視線が重なり、喉を鳴らしたそれはまるで了承のようだった。真意は分からないがアビを助けたい気持ちは同じだろうと信じ、祈吏はコロッセウムに向けて一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ