2-23話 獣たちとの夜宴2
「――手前のお料理がラクダ肉のファルシ、そして左から牡蠣の雲丹添え、仔牛の香草焼き串、鰻とヘーゼルナッツのスープ、カブとアスパラガスのサラダです」
「ありがとう。最後のデザートまで、この部屋には誰も入れないで」
女中たちが料理を運び終えると、テーブルの左側に腰かけていたヨゼはそう答えた。
寝転がらずに座るヨゼを見た女中は不思議そうな顔をしたが、客人として来ているアビも寝椅子に腰かけているのを見て何か納得すると、『承知しました』と跪礼し、部屋を後にしていった。
「さあ、今宵は私たちだけの密やかな宴です。どうかラクな体勢で、自由に楽しみましょう」
「あ、ありがとうございます……! お気遣いいただいたようなら恐れ入ります」
「アビさん、お気になさらないでください。自分も座って食べる方が慣れているので」
お誕生日席に座り縮こまっているアビは祈吏にそう声を掛けられると、どこかホッとした表情で肩を下ろす。
「こんな場所に呼んでいただくのは、人生で初めてなので。イデアにもなるべくお行儀よくいるよう気を付けるので、どうかよろしくお願いします」
「ふふ。イデアくんもどうぞお料理を楽しんでくださいね」
微笑みかけたヨゼの視線の先には、アビの隣で寝そべるイデアの姿があって。
そしてその目の前には、赤土色のラコッタ製の皿に――茹でたラクダの脚が置かれている。
「ヨゼさん。もしかしなくても今日のメインディッシュはラクダ……ですか?」
「うん。この時代ではご馳走なんだって。ヨゼちゃんたちのメニューにも入れる?って聞かれてね。すっごく気になったから、メニューに入れてもらったんだ!」
「なるほど。確かにちょっとだけ、味は気になりますね」
「あら、祈吏くん探求心旺盛だ」
そんなやりとりをした後、祈吏は目前の料理を一望する。
(全部ひと口で食べられるサイズでなんだか可愛いな。けど、どうしてこんな丁寧に小さくされてるんだろう?)
ふと手元に視線を落とす。そこにはサイズが異なる匙が2本置かれているだけだ。
(もしかして……この時代にはフォークとナイフがないんだ)
『ラクダのファルシ』と説明された料理は、挽肉に香草やスパイスを練りこんだものをラクダの肉で巻いているもののようだった。
手を付けようかどうか悩んでいると、アビが祈吏の動向を恐る恐る見守っている。
本来であればアビが手を付けるのを待つのが良いのだろうが、このままだと食事は一向に進まないだろうことが想像できた。
「で、では……いただきます」
祈吏は大きな匙でラクダのファルシをすくいあげ、口の中へ運ぶ。
すると、口内には食べなれない風味が広がった。肉の味は牛や豚などの知ったものではなく、どちらかというと馬肉に近い。けれど独特な風味は野性的で、オレガノや胡椒といった覚えのあるスパイスがよい加減に中和している。
それは人を選ぶ味だったが、祈吏の舌には合ったようだった。
「ラクダ、美味しいですね……! なんだか癖になる味がします」
「あら、お気に召したなら良かった。アビさんはいかがです?」
「あっ、はい! こんな豪勢な食事、初めてなので……とても美味しいです」
祈吏やヨゼが食事をし出したあと、見計らったようにアビは料理を口へ運んだ。
そのあとは目が覚めたようにぱくぱくと目前の料理を平らげていき、その言葉に偽りはないのだというのが伝わってきた。
(アビさん、楽しんでもらえてるようならよかった。虎のお二方はどうだろう……?)
ちらりとアビの横にいるイデアを見やる。そこには器用に前脚でラクダ肉を押さえながらむしゃぶりつく黒虎の姿があった。
一方、狛ノ介はもくもくと茹でたラクダ肉を食べ進めている。その様子は子供が嫌いなものを黙って食べているかのようである。
(……狛ノ介さん、身体的に人間のもの食べたらいけないのかな)
味覚的には人間と同じだろうから、もしかしたら辛いのかもな。と思いつつ眺めていると、ふと狛ノ介と目が合った。
すると、狛ノ介は顎で指図するかのようにアビを指す。
(え、なんでしょう?)
首を傾げる祈吏に小さく唸ると、狛ノ介は前脚で自身の首元を叩いた。
(……あ、なるほど)
「そういえば、今日イオラスさんにたまたまお会いしたんです」
「え……イオラスにですか?」
祈吏の言葉にアビは料理に伸ばす手を止め、目を見開く。
「はい。実はアビさんのその首飾りが素敵だなと思っていたのですが、イオラスさんも同じものをしてたんで、どちらで買われたか聞いたんです。そしたらアビさんから貰ったと、仰ってました」
「ああ。確かに特徴的なデザインをしていらっしゃいますわね。そちらはどういった経緯で手に入れられたのですか?」
祈吏が何か探りを入れていることに気づいたヨゼが話題を繋げる。
アビは胸元の首飾りを見下げ、一瞬逡巡する素振りを見せたが、どこか懐かしそうに微笑んでから口を開いた。
「これは師匠から受け継いだもので、一流の猛獣使いの証なんです」