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2-20話 不均衡な魂

「107回って……なぜ、そう言い切れるんですか?」


「分かり切ったこと聞くな。全部記憶があるからに決まってんだろうが」


「動物として生きた記憶が、でしょうか」


「ンだよ、その目は。なんなら俺サマがどんな一生を送ってきたか、レッキョしてやろうか」


「い、いえ。そこまでしていただかなくても信じますよ。けど、そうだったんですね」


(驚いた。そんな人が本当にいるだなんて。そしたら、もしかして……狛ノ介さん、人として生まれたのは今回が初めてなのかな)


 狛ノ介の言葉の節にはどこか『浮世離れ』した雰囲気があった。その上、どことなく人と距離を置きたがるような気配がある。

 その動機は前世の獣の記憶を持っているからなのだと考えると、なんとなく腑に落ちた。


(だけど……なんだか違和感がある)


 それならば何故、夢前世の中で『獣らしい振る舞い』をしたがるのか。

 前世の記憶があれば充分なのではないか、と祈吏は疑問に思い白虎を見やる。その視線に気付いた狛ノ介は小さく舌打ちをした。


「アンタ、さっき俺サマに『なんで獣ぶりたいのか』とか言いやがったな」

「え。はい」

「アンタから見て、俺サマは虎らしくねえってことかよ」

「いえ、決してそういうわけではないのですが……どことなく、焦っているように見えたので」

「……」


 狛ノ介は黙り伏せる。

 眉間に寄ったシワは深く、本当に狛ノ介が言葉の通じない虎だったとしたら、次の瞬間には牙を向けられていても可笑しくない状況だ。

 ところが狛ノ介は大きく溜息を吐き、そっぽを見やった。


「勘違いするなよ。アンタにあれこれ口出しされたくねーから、教えてやる」



「……前世の記憶は全てある。けど、心がひとつも思い出せない」



「え……」


「それが気に喰わねえんだ。だから、夢前世の中でくらい俺サマの好きにさせろ」


 ――『好きにさせろ』という言葉に込められた想いは、詳細がなくとも狛ノ介の憂いた表情からありありと伝わってきた。

 狛ノ介自身、黒須のように『心もしくは記憶の、片方だけある状態』に苦しんでいるのだろう。

 それが107回もの一生となれば、なおさらだ。


(狛ノ介さんが獣のように振る舞いたがるのは、当時の『心境』を思い出したかったから、っていうことなんだ……)


 記憶はあるのに心が思い出せないとは、一体どういった感覚なのだろう。明確な過去の思い出から、当時感じたものがすっぽりと抜け落ちているような感覚なのだろうか。

 狛ノ介に何と投げかけようかと考えた数秒の間、そんな思いが張り巡らされるが、今できる最大限のことを祈吏は口にした。


「あの、自分に力になれることがあれば、お手伝いします。ですが、いまは黒須さんの前世――イデアさんの未練を突き止めるのに、どうかお力を貸していただけませんか」


「……フン。人間はいつも勝手だな」


 そのぶっきらぼうな言葉は、明確なYESではないが承諾と取れるものだった。


「ありがとうございます! 虎の狛ノ介さんが協力してくれると、自分もヨゼさんも助かります!」


「ハァ!? 寄るな、調子にのんなッ!」



 ――石碑が並ぶ広場でそんなやり取りをするふたりに、歩み寄るひとつの人影があった。


「そこのキミたち」

「え――あれ、貴方は」


 祈吏たちが振り返ったそこには、アビと似た服装をした、剣闘士の姿があった。


「コイツ……あの黒虎と対峙してたヤツか」


 褐色の肌に肩まで伸びたアッシュブロンドの髪を鉢巻で留めているその姿は、見覚えのあるもので。唯一試合時と異なる点は、片手に槍ではなく白い花束を携えている点だった。


「今朝の試合ですよね? あの狛ノ介さんが間一髪で槍を奪い取った……イオラスさんでしたっけ」


「あはは。虎とお喋りするだなんて、面白い子だね。ご存じの通り、僕がイオラスだよ」

「あっ、失礼しました! 初めまして、祈吏と申します」


(そうだ、狛ノ介さんの声は自分たちにしか聞こえないんだった)


「だけどまさかこんなところで、今朝の試合に出ていたコマノスケに出会えるとはね。お嬢さんはもしかして獣使いかい?」


「はい。一応……そういう感じになります」


 狛ノ介の『勘違いするなよ』とでも言いたげな視線を横に、祈吏はイオラスに苦笑する。


「元老院議員の所有物、且つ訓練されているからこそ、外出を許されているようだね。今朝の試合でも良い動きをしていた上に、珍しい白虎ときた。キミはコロッセウムでこれから名を馳せるよ」


「うるせー、黙れクソ人間」


「こ、狛ノ介さん!」


 暴言を吐く狛ノ介にぎょっとする祈吏。イオラスには虎の鳴き声としか捉われず、その笑みは崩れない。

 どうやらイオラスは狛ノ介や祈吏自身に対して好意的な様子だ。だがこのちぐはぐな空気はどうにかした方がいいと、祈吏は視線を動かした。


(……あれ、この人。アビさんと同じペンダントしてる)


 それは球状の鉄に透かし細工が施されたもので。祈吏の知るアクセサリーだと、ガムランボールによく似た印象のペンダントだった。


(流行ってるのかな? けどこれと同じものを身に着けた人は今のところ見かけてないし……ちょっと聞いてみよう)


「あの、そちらのペンダントはどこで買われたんですか?」

「これかい? ああ、買ったものではなくて、とある人物から貰ったものでね」

「もしかして……お相手は闘技場にいる獣使いのアビさん、ですか?」

「おや。君はアビと知り合いなのかい? ……確かに、同じ獣使いであればそういった人脈もあるのか」


 イオラスはふむ、とひとり納得すると、どこか気を許したような表情に変わる。

 そしてどこから話そうか悩んだのか一瞬考えたあと、口を開いた。


「僕は剣闘士になる前、獣使いを目指していてね。アビとはもともと兄弟弟子の仲なんだ」

「えっ。そうなんですか!?」

「あはは、そうなんだ。世話になった恩師がいてね。その人の元で猛獣の調教について学んでいた。……だが、僕には獣を扱う才能がアビほどなかったんで、獣使いの道は諦めて、剣闘士になったんだ」


「そうだったんですか……。アビさんにそういったご関係の方がいるのは、知りませんでした」

「闘技場の連中でも、今では一部の人間しか知らないからね。ほら、あの場所は人がすぐ死ぬから」


 さらりと不穏な単語が出るが、死と隣り合わせの立場にいる者から見たら当然のことなのだろう。祈吏は強張る口角をなんとか堪えて話を続ける。


「剣闘士として、ご活躍されているとお伺いしました。獣使いのご経験があったと聞いて、納得です」

「恥ずかしいな。でも確かに、獣使いの頃の知識は活きている。獣がどういった動きをするか、どういったことを考えているか……全て恩師から教わって身に着けたからね」

「けど、まあ……その恩師ももういないんだけど」


 そう言い、イオラスは手元に握られていた花束に視線を落とす。


「あの、その恩師さんはどうされたんですか?」

「……1年前、イデアに喰い殺されたよ」


「あれは事故じゃない、どう考えても故意的だった……」


 ――花に向けられたその眼差しは、哀愁ではなく憎悪を孕んだものだった。


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