2-18話 中庭での推理2
「黒須さんは、上司さんを殺害する夢を見られると仰ってましたが……何か関係していたりするのでしょうか」
「してるかも。だけど、夢は夢だから絶対そうだと決めつけるのも好ましくない。だからひとまず参考程度に考えてみよっか」
ヨゼの言葉を念頭に置き、黒須が見るという『上司殺害の夢』に関する情報を思い出す。
「上司さんは職場の圧力的な方と、慕われていたけどすでにお辞めになっている方のお2人がいるとティパルさんは仰っていましたが。黒須さんはどちらの上司さんを殺害される夢を見るのかまでは、仰っていませんでしたね」
「でもどちらにせよ黒須さんが夢と現実のギャップを感じるほど、心象は異なるんだったっけ?」
「『恐怖を抱きながら己を鼓舞し、内なる声に従い突き進むことに誇りを感じている』……と仰ってました」
祈吏は黒須の言葉を反芻する。各々が黒須の心労を想像すると、場は自然と静まり返った。
ところが、ふいに何気ない一言が響く。
「今の黒虎まんまじゃねーか」
傍観していた狛ノ介の一言に、ヨゼと祈吏はハッと狛ノ介へ視線を向けた。
「あの黒虎、闘うこと自体は嫌いじゃねーよ。今朝の試合なんて、噛みつきたくてたまんねーって感じだったし」
「ああ……そっか。黒須さんは前世の心、イデアくんの心を持ってきている。コマの印象が事実なら、夢の内容はある程度関係がありそうだね」
「上司らしい立場の人が、イデアさんにも居たってことになりますか?」
「そうとも考えられる。ただまあ、居るとしたら現況を見ている感じだと、どう考えてもアビくんなんだろうなぁ」
「でも、そうなると……」
祈吏がごくりと息を呑む。導き出した答えは、今後起きうると想定すると、気が重くなる内容だった。
「イデアさんがアビさんを殺害する、ってことになってしまうのでは……」
「ちょっとしんどいけど、可能性はある!仮説として立ててもいいと思うよ。何故懐いているのにアビくんを殺したのか、という疑問は出てくるけどね。どちらにせよ、彼らから目を離さない方が良いのは確かかな」
ヨゼが懐から懐中時環を取り出し、その蓋を開けて見せる。
「タイムリミットは夢前世内で約2日。この世界は現実よりも死がつき纏うから、なるべく今回限りで解放したい。ふたりとも死なないように、且つイデアくんの関係者は極力生存させたまま、未練の正体を探りましょっ」
「はい……頑張ります!」
はりきった返事をする祈吏を横目に、狛ノ介は大きな欠伸をした。
「さて、ここからは夜までしばらく別行動にしよっか。ヨゼちゃんは貴族階級の方々について色々と探りを入れてくるよ。あのティトゥスとかいう人も気になるしね」
「分かりました。じゃあ自分は……街を散策して、イデアさんが生きたこの時代について、情報を仕入れてこようかと思います」
「ありがとう! あ、一応護衛にコマを連れてって」
「ハァ!? ンで俺サマがどんくさ人間のお守りしねーとならないンだよ!」
「まあまあ。虎の身を存分に堪能してきてもいいから。はい、これ」
ヨゼは懐から紫のハンカチーフを取り出すと、狛ノ介の首元に結び付ける。
それは金糸で鷹の刺繍がはいったものだった。
「これを付けてればヨゼちゃんちの関係者だって、みんな分かるから。街中を虎が歩いてても、大人しくしてれば補導されないよ」
「フン、人間の住む街はこれだからめんどくせぇ」
「くれぐれも危ないところにはいかないように。この夢前世はちょっと物騒だから気を付けて。絶対に死んじゃだめだからね」
物憂い気な虹色の瞳に、ふと祈吏は以前から抱えていた疑問を思い出す。
「ところで、前から夢前世では死なないようにと仰ってましたが……万が一死んでしまった場合はどうなるのでしょうか」
その言葉に、ヨゼはふっと表情が消え、神妙な面持ちに変わった。
「いま、ヨゼちゃんたちの魂は黒須さんの魂に接触している状態なの。だから、夢前世で自分たちが『死んだ』と自覚した場合、魂は壊れてしまう」
「え……」
「魂が壊れるとどうなるかは――いまの祈吏くんなら、想像できるよね」
長いツインテールを翻し、ヨゼは庭の出入口へ走っていく。
「死んじゃったら、現実に戻れなくなっちゃうから気を付けてねー!」
「え……ええ!?」
手を振り颯爽と去っていったヨゼを遠目に、祈吏は驚愕の事実に言葉を失い、呆然と立ち尽くす。
(死んだら現実に戻れなくなるって、夢前世から帰れなくなるってこと……? でもそれだとずっと眠ったままになるってことなのかな……混乱してきた)
「し、死ななければ大丈夫なんですもんね! 狛ノ介さん、お互い気を付けましょ――……」
そう言い振り向いた先には、いたはずの白虎の姿がない。
中庭の奥へ視線を動かすと、そこには塀を乗り越え、外へ出ようとする狛ノ介の姿があって。
「ああっ、狛ノ介さん! おひとりで行かれないでください!」
「うるせー。アンタに指図される筋合いねーんだよ」
そう言い残し、狛ノ介は塀の向こうを乗り越えていく。
このまま虎を1頭で街中を歩かせるのも不安な上に、自身がひとりで行動するのも心許ない祈吏は、慌てて邸を飛び出し、狛ノ介の背を追った。