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2-15話 獣の檻

 ――祈吏の不安を余所にアビと名乗った男は、ヨゼたちをコロッセウムの地下へ案内した。

 それは先ほどヨゼが祈吏の手を引き歩いてきた通路を戻る道のりで、祈吏の薄々感じていた嫌な予感は当たりだったのである。


「ヨゼ様からコロッセウム内の猛獣管理について見せて欲しいと言われた時は驚きましたが、虎を飼われているとのことで納得しました」


 薄暗い地下通路に獣たちの鳴き声が反響する。

 そこは先ほど祈吏が鍵を持って駆け抜けたエリアで、己が一体どんな場所にいたのか、その案内でようやく把握することができた。


(まさか、猛獣の飼育場所で目を覚ましていただなんて。思いもしなかったけど、こうして見ると不思議な光景だな)


 祈吏は動物や獣に対して特別恐怖感は持っていない。だが、動物園ではまずあり得ない近距離だ。牢や檻に入れられているとはいえ、吐息を感じるほどの近さは、獣の迫力に十分圧倒されるものだった。


「大体ここでは15頭程度が管理されています。近くにある動物園でも獣を調教していて、試合で必要になるタイミングでこっちに移すんです。どの獣も対戦用に訓練されていて狂暴なので、絶対に檻には触れないよう気を付けてください」


 その言葉に祈吏は首筋にひやっとしたものを感じながら、隣をのっしのっしと歩く狛ノ介を見下ろす。すると、視線に気づいた狛ノ介がじろりと睨んだ。


「ンだよ」

「い、いえ。なんでもないです」


(今の狛ノ介さんに言葉が通じるのが、とてもありがたく感じるな……)


「ところで、イデアくんは何故このようにコロッセウム内を移動できるのでしょうか?」


 ヨゼがドレスの裾を軽く持って歩きながらアビに問う。するとアビは一瞬考える素振りをした後、苦笑した。


「イデアは特別人慣れしている……と言っても俺の言うことしか聞かないんですが。俺といる分には猫みたいなものなので、コロッセウム内の移動は制限されてないんです」

「なるほど。確かによく懐いているようですね」

「あと、黒い虎というのはやはりとても珍しいので。お客さんからも人気があって、ある程度露出させると客入りが良くなるんですよ」


 そう言いながらアビは隣を歩くイデアの頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細めるさまは、現世の黒須からは想像ができない従順さを感じるものだった。


(黒須さんはイデアさんの心を持ってきてる、てことだったけど、だいぶ性格が違うような気がする。けど相手が動物だから性格についてはまだよく分からないな。……あとでヨゼさんに聞いてみよう)


 ――その時、けたたましい獣の咆哮が通路に響き渡った。


「わっ! 何が起きたんですか……!?」

「この鳴き声はヒョウだね。ほら、あの檻に入ってる子だ」



 アビが指さした先には四畳半程度の檻に入れられたヒョウの姿があって。

 興奮しているのか、檻に何度も額をぶつけては出せと訴えているようだった。

 ヒョウのむき出しにされた感情と周囲の獣使いの緊迫した空気に、祈吏は言葉が詰まる。

 そんな祈吏に気付いたヨゼは、その憂心を払拭するかのように悠然とした口調でアビに訊ねた。


「獣に抑えが利かなくなった際はどうされてますの?」

「それは簡単です。間もなく答えが分かりますよ。おーい、イバン。上手くやれよ」

「うるせーなアビ! 茶々入れんじゃねぇ! ったく、見てろ……」


 そう言い見やった檻の前でアビと同じ服装をした、イバンと呼ばれた獣使いが懐から1本の棒を取り出す。


 そしておもむろに口元に棒の先端を咥えると、フッと息を吹き、瞬く間もなく飛び出した矢がヒョウの肩に突き刺さった。


「イバン、なかなか上手くなったじゃないか」

「うるせえ! オマエに言われるまでもねえっつーの」

「ああやって、鎮静薬の入った吹き矢で気絶させます。即効性なので1分も経たずに獣は大人しくなりますよ」


 言った通りヒョウはみるみるうちに力が抜け、檻の中でへたりこむ。

 その様子を見た祈吏は、テレビで時折見る市街地での獣捕獲の一部始終を思い出した。


(麻酔が入った吹き矢を使って大人しくさせるのは現代と同じなんだ。……でも、この時代に麻酔薬ってあるのかな)


「あの、薬はどうされてるんですか?」

「ええ、それはこれからご案内しま――」


「おい、アビ! 待て、そいつらは誰なんだよ?」


 イバンと呼ばれた男がこちらに駆け寄ってくる。薄暗い通路だから顔が見えていなかったのか、どこか訝し気だったが、ヨゼの顔を見た途端に顔色が変わった。


「はっ、ヨゼ様……!? しかもあの白虎まで!? 何故このような場所へ居らっしゃってるんです!?」

「イバン、ヨゼ様に質問など無礼だぞ。この度は我々がどのように獣を管理しているか、ご視察に来てくださったのだ」

「ええ。元より闘技場の獣の育成について興味はあったのですが、こちらの祈吏くん……獣使いの彼女の後学になるかと思いましてね」


 ヨゼの視線を追うように、イバンは祈吏を見やる。


「この女が、獣使い……?」

「今朝の試合に出た白虎、コマノスケを従えてるとのことだ。見ろ、このコマノスケの従順さを。しっかり調教されているだろう」

「俺サマは従ってねえ!」


 狛ノ介は抗議の咆哮を上げるが、それは獣使いの男たちは挨拶と受け取ったのか感嘆する。

 けれどイバンはすぐにつまらなそうに口元を尖らし、フンと鼻で祈吏を笑った。


「女の獣使いなんて、聞いたことありませんよ。それにそっちの白虎、イデアならともかく、他の獣が興奮するんであまりそいつを歩かせないでくれますかね。何が起きてもオレぁ知りませんぜ」


「おい、イバン! 言葉に気をつけろ!」

「おおっと、そろそろ動物園からライオンが来る時間だ。じゃあな、アビ!」


 逃げるようにイバンはその場を後にし、その背中をアビは睨んだが、すぐに諦めたように溜息を吐いた。


「祈吏様、度重なるご無礼をどうかお許しください。アイツは口が悪いだけで、根はいいやつなんです」

「いえいえ。お気になさらないでください。イバンさんの仰りたいことも、なんとなくですが分かりますので」


(それに、本当に従えているわけではないので……)


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