2-10話 お揃いの寝衣
――1週間後。黒須の『入眠療法』もとい夢前世へ行く日がやってきた。
「黒須氏、既に入眠済みです……」
プラネタリウムの部屋に、前髪を下ろしたマテオが入ってくる。
既にパジャマに着替えた祈吏はマテオのローな様子を見て『今日はミャプたまと触れ合えなかったんだ』と察した。
「あの、ティパルさん。ところでこのパジャマなのですが……」
「いかがでしょう? 本日はヨゼさまとお揃いコーデにしてみましたわ」
祈吏は自身がまとっている寝衣を見下ろした。それはなめらかな白地に、ゆったりとしたドレープがついたAラインのドレスのようなワンピースだった。
随所に施されたフリルと、散りばめられた黄色いミモザの刺繍が大変可愛らしい。頭に被るこれまたフリル満載のナイトキャップのリボンは動くたび優雅に揺れる。が、祈吏が普段着ている寝巻からはあまりにもかけ離れた華やかさで、戸惑いが隠せなかった。
「これ、本当に自分が着て寝ても大丈夫なんでしょうか。大変失礼ですが、恐らく高価なものなのでは……」
「私の趣味を兼ねているので、何もお気になさることはございませんわ」
「ティパル、ここのリボンはどう結ぶのだい」
呼び声にティパルはものすごい勢いで振り返る。そこには最後の支度を済ませようとする、祈吏と揃いの寝衣を着たお姫様のような様相のヨゼがいた。
「ああ、ヨゼさま! 本日のお召し物も大変お似合いですわっ!! お腰のおリボンはティパルが結びますので、少々失礼いたしますね」
(わあ、パジャマ姿のヨゼさんは本当にお人形さんみたいだな)
前回の夢前世へ入る際も、ヨゼは普段束ねている髪を下ろしていた。今回はくせっ毛を低い位置でふたつに結い、フリル満点のナイトキャップを被っている。瞬けば風が吹きそうなまつ毛に白い肌は、まるでつくりもののような美しさだ。
「祈吏さまとヨゼさま、お写真を少々、よろしいでしょうか……?」
「え。自分は大丈夫ですけど」
「ありがとうございますわっ!」
そんなやり取りをしていると、室内に遅れて狛ノ介が入ってきた。
普段のライダースジャケットは着ておらず、恰好は黒地にパンクな狼がプリントされたバンドTシャツに、下はピンクのジャージを履いており……祈吏は事態を把握した。
「今回の夢前世って、もしかしなくても狛ノ介さんもご同行されるんですか」
「あれ、言っていなかったかな。そう、黒須さんの夢前世にコマは必要不可欠だろうからね」
「フン。俺サマの同行をありがたく思いな」
「ありがとうございます! 時間勝負なところがあるので、人手が多いととても助かります」
祈吏は狛ノ介に素直な笑顔を称えながら駆け寄る。
けれど駆け寄られた方は鬱陶しそうに一歩引くと、威嚇するようにシャッと歯をむき出しにした。
(狛ノ介さん、警戒の仕方が猫みたいな人だな)
「あの、アロマの準備ができました……」
「マテオくん、ありがとう。それでは、2人とも。心の準備はよろしいかな」
「自分は大丈夫です!」
「俺サマ、アンタの隣はゼッテー嫌」
「言うまでもなく、祈吏くんの隣は吾輩に決まっているだろう」
「コマさん、祈吏さまにやたらとツンケンし過ぎると思春期丸出しのお子さまのようですわよ」
「うるっせー俺サマの勝手だろ!」
「夢前世の中では仲良く頼んだよ」
そう言いながらヨゼは祈吏の手を取り、もう片方の手は周りを確かめるように空中に漂わせながら、円形のベッドへ向かう。
祈吏は案内されるがままベッドに横たわると、ヨゼもベッドの中心に身を沈めた。
「祈吏くん、黒須さんの前世は少々物騒だろうから、吾輩かコマとはぐれないようにね」
「そ、そうなんですか。分かりました」
「ゼッタイに、死んではならないよ。コマ、君も同様だぞ」
「そんなヘマするかっつーの」
ヨゼを挟んだ祈吏の向こう側で、狛ノ介が頭の後ろに両手を組み、横暴な態度でベッドに飛び込む。
その様子に祈吏は『本当に狛ノ介も夢前世に行くんだ』と心を弾ませたが、ふとヨゼの言葉を思い出した。
(夢前世に行くには『前世がない人』じゃないと、我を失っちゃう的なこと言ってたけど。狛ノ介さんは大丈夫なのかな)
祈吏は狛ノ介に聞こえないよう、ヨゼに顔を寄せて小さな声で問いかけた。
「あの……ヨゼさん。狛ノ介さんって、前世があるんでしたよね」
「うん? いかにもだが、それがどうしたのかね」
「それだと、夢前世の中で自分が分からなくなっちゃうんじゃなかったのでは……」
「ああ、それなら大丈夫。コマは『前世の記憶』があるから、自分を見失いはしないさ」
――以前小耳にはさんだ話が今ここで出てくるのかと、目を丸くする。
その意味を知るのは夢の中になるだろう。次第に室内は暗くなり、天井には星が瞬き、心地のよい香りが漂う。そして、ベッドが反時計周りに回転し始めた。
「ふたりとも、頼りにしているよ」
ヨゼの囁きを最後に、各々は意識を手放した。
――祈吏は宇宙の中心に立ち、目前の光の環に吸い込まれる。
黒須の夢前世はどんな時代なのか、黒須自身は前世どんな人物だったのか――考える隙もなく、身体は膨大な光に呑み込まれた。
(眩しい……あれ)
次第に光の渦が遠のき、視界が明確になる。
ひんやりとした石造りの空間に、ざらついた地面。目前には通路が見え、その向こうからは陽の光と共に歓声が聴こえてくる。
(ここ、どこだろう……それよりも、ヨゼさんと狛ノ介さんは)
座り込んでいた祈吏は立ち上がろうと、手の伸ばした先にあった鉄柵を掴む。
すると、その手に生温かい、大きな吐息が吹きかけられた。
「っえ……ひぃっ!?」
振り返り、距離わずか50cm先にあったのは――大きなライオンの鼻先だった。