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2-9話 前世の心

「前世の心……ですか?」


 カーテンが開き、室内に陽光が差し込む。

 祈吏がその言葉を復唱する傍らで、狛ノ介が小さく舌打ちをした。


「ちょうどいい。『祈吏くんのための第2回 魂のしくみ講座』を開講しよう。他の者たちは残ってもいいし、持ち場に戻っても構わない」

「拙者は黒須氏のアロマ調合に取り掛かりまするぞ」

「それではわたくしは、お茶をご用意してまいりますわ」


 それぞれが応接間を後にしていくなか、狛ノ介は無言で立ち上がり、フンと鼻を鳴らして去っていく。

 ぽつんと残された祈吏は、ヨゼに対して申し訳ない気持ちを抱きつつお辞儀した。


「自分のためだけに、ご説明いただく形になってしまい恐れ入りますが……どうぞよろしくお願いします」

「とんでもない。講座名が胡散臭いことこの上ないと感じるやもしれないが、こちらこそどうぞよろしく」


 ヨゼはゆったりとした様子でソファに腰を下ろしている。その向かいには祈吏が座り、いつもの2人が対面し話し合う構図だ。

 ヨゼはひとつ咳払いをすると、人差し指をくるりと回した。


「まず前回のおさらいだ。魂はどういった要素で構成されているか、祈吏くんは覚えているかな」

「ええと、魂自体と、核……でしたっけ」

「そう。核を中心に一生毎の魂が混じり合い、来世へと繋がっていく」

「実は、ここにもうひとつ要素がある。それが『心』なのだよ」


 そう言い、ヨゼは自身の心臓のあたりに親指と人差し指でハートを作った。


「ちなみに心を作るものは何だと思う?」

「心、ですか。それって自分の物の感じ方や、性格とかで合ってますかね」

「ああ。いまの祈吏くんに作用する様々な感情があるだろう。その起源はどこか、覚えているかね」


 心を作るもの。そう言われて祈吏が想像したのは4歳の頃、クリスマスイブの夕方の横断歩道だった。店先で客寄せをするサンタを眺めながら歩いた雑踏と、自分の手を繋ぐ母の手の強さに、少しの寂しさと期待を抱いたのを覚えている。


「思い出……とかでしょうか」


「そう、心は主に『記憶』から作られる。一生を生きる肉体が記憶した全てが、心を形成するのだ」


 ヨゼは嬉しそうに口端をあげると、言葉を続ける。


「心というものは肉体・魂を土台として作られていく。特に肉体との繋がりが強い。だから肉体が滅びれば、必然的に心も共に朽ちる」


「だが、一生を生きた魂はなくならない」


 そういうと、ヨゼは胸元で作っていたハートを円の形にした。


「ところが、中には『心』が朽ちず、今世へ持ってきてしまうケースがある。そうなると前世の性格や心の揺れ動き方……前世のへきが現れるのだよ」


「これは重要なところだから、よく覚えておいてくれたまえ」

「あ、はい……!」


(何かメモできるもの持ってくれば良かった。けど……ヨゼさんのお話って不思議と頭に入ってくるんだよな)


 祈吏は目前で展開されるヨゼの話に意識を集中する。


「己の心が肉体と朽ち果てる、というのは絶望的に感じるやもしれないが、それでも己は来世でも自身を知覚し、存在していると認識できる。それは何故だと思う?」


 ヨゼはにっこりと祈吏に問いかける。

 けれど祈吏が『魂のしくみ』という、未だにやや飲み込むのに時間がかかる話を聞くのは2度目だ。

 なかなか答えが出ず、考え込むようにこめかみを押さえると、ヨゼがすかさず呟いた。


「ヒントは、魂の要素でずっとめぐり続けるものだよ」

「となると……魂の核が、関係していますか?」

「正解。そう、『核』は己の意識を形成している。だから、どの世でも肉体や心は異なれど、幾重もの魂を束ねる『いしき』が在ることで、前世の経験が積み重なっていく」


「俗に言う『潜在意識』というものに、前世の経験が活かされていたりするのだ」


 潜在意識、というものは祈吏にも聞き覚えのある単語だった。

(よく聞く言葉だけど、内容をちゃんとは理解してないかも。確か無意識下で展開される思考……みたいなものだったっけ)


「あとは、ひとつ特殊なケースも教えておこう。なかには『肉体の記憶』をもってくる者もいるのだよ」

「記憶ですか!? 小説とかフィクションだとたまに見かける設定ですが、本当にあるんですね」

「とは言っても記憶を持ってくる人はかなり稀でね。なかなかいるものではない」

「だが不思議なことに人間以外の生物は、前世の記憶や心を引き継ぐことが珍しくない」

「はあ……それって動物は前世の記憶を持っていることが多々ある、ってことで合ってますか?」


 ――祈吏の脳裏に、実家で飼っていた今は亡き愛犬の姿がよぎった。

 もしかしたらあの子も前世の記憶があったからあんなに賢かったのだろうか、と思い耽りそうになる。


「そう。動物は波長が合うのか、何故なのか。前世の心と記憶を連綿と受け継いでいることが多いようだ」


 どうして人であるヨゼがそれを知っているのか、と思わず訊きそうになるが、それよりも先にヨゼが無邪気に笑う。


「人の世は混沌としてて面白過ぎるから、一生分楽しんだらすっきり忘れてリセットしたいのではないかな。お菓子パーティーの後に飲む黒烏龍茶のように」

「ヨゼさん、だいぶ適当な言い方ですね……。でも、もし前世の記憶が今世でもある状態だったら、色々と大変そうというか、苦労が多そうですね」


「それはそうだろうね。何ならコマがそうだから、本人に聞いてみたらどうだい?」

「えっ」


 その時、応接間にノックの音が響いた。


「お茶のご用意ができましたわ」


「ティパル、ありがとう。ああすまない、祈吏くんは大事な話を本人の口から訊きたい性質だったね。後の話はコマ本人から訊いてみるといい」

「は、はい……分かりました」


(狛ノ介さんが、前世の記憶を持っているって……一体どういうことなんだろう)


 ――その後、祈吏とヨゼはティパルが用意したクッキーとお茶を飲みながら、しばらく『心』について語り合った。


 心は朽ちるが経験という学びは魂に刻まれること。

 心は意志や感情といった精神的なものであり、意識とは別ものであること。

 心を最も上手く他者へ伝えられると同時に、最も心を見失いがちなのは、この地球上では『人間』以外いないということ。


「ヨゼさん。心理について勉強したいのですが、お薦めの書籍はありますか?」

「おや、勉強熱心で助かるよ。祈吏くんは感覚で相手を解ってしまうタイプだから、知識があるとより相手の心に寄り添いやすくなるだろうね」


 そう言いながら、ヨゼは自身のタブレットを操作し『オススメ』だという書籍欄を祈吏に見せ、気になるものを選ばせる。

 そして邸の予備として置いてあった読書用のタブレットを祈吏は借り、帰路についた。


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