2-6話 相談者の来訪
――その後、庭でのティータイムを終え、各々は持ち場に戻る。
午後に来る予定だった相談者は、予約時間きっかりの14時に応接間に足を踏み入れた。
「黒須さん、お久しぶりです。最近のご体調はいかがですか」
「特段変わりないですよ。シーツは破けてもいいようシルクから簡素なものに変えましたし。そのせいもあって睡眠不足の毎日です」
やってきた今回の相談者は――チャコールグレーのぱりっとしたスーツを着た男性だった。
黒い髪にハーフバックの髪型、整えられた眉や自信に満ちた眼差しは社会的地位に誇りを持っている印象を受ける。
そんな黒須に対して、ヨゼはカウンセリング時の『世前先生』の落ち着いた声色で問いかけた。
「今日は狛ノ介くんと、新しく入った大学生でカウンセラー志望の遠橋祈吏くんに同席をさせたいのですが、よろしいでしょうか」
「カウンセラー志望ですか。ご在学中に将来を考えて行動されているとは素晴らしいですね」
「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」
祈吏は深々と頭を下げる。その様子を品定めするかのように、黒須はじっと見据えた。
「学科は心理カウンセリング系ですか?」
「あ、いえ。全く関係ないところです」
「そうなんですか。それだとまあ、何ができるのかという疑問はありますが。お好きにしていただいて構いませんよ」
「ありがとうございます」
黒須は悪びれた様子もなく承諾し、ヨゼが軽く会釈をした。祈吏は『まあ当然の反応かもな』と思いつつ、ローテーブルを囲む面々を見渡す。
ヨゼから紹介があった通り、今回のカウンセリングは狛ノ介も同席する様子だった。
今はローテーブルを囲む形で、ヨゼの横に祈吏が座り、対面に黒須、そしてお誕生日席の位置にある一人掛けのソファに狛ノ介が腰かけている。
狛ノ介は黒須に挨拶どころか視線を向けることもせず、興味なさげにそっぽを向いている。
この場にいる時点で察すると、以前にカウンセラー志望と紹介されたのだろうがそれは嘘で、ヨゼ的に『カウンセリングに同席させたい意図がある』と祈吏は推測した。
それはともかく、今は目前でロイヤルミルクティーを飲む相談者に意識を集中させようとちらりと見やる。
(なんだろう、この方。不眠を治されたいだろうに、相談する姿勢じゃないというか……どこか高圧的な感じだ)
黒須は前回相談者の福田と正反対の神経質な男性、という印象だった。
発言のひとつひとつに気をつけなくては今にも言葉で噛みつかれそうな雰囲気がある。
祈吏に彼に対する前知識は一切ないため、カウンセリングが始まる前にヨゼから渡されたタブレットのカルテに視線を落とした。
【世前夢見カウンセリング 相談者記録】
氏名:黒須俊太 (くろすしゅんた)
年齢:28歳
住所:東京都港区
職業:外資系企業管理職(部長職)
◆症状
睡眠中の夢遊症状、悪夢
◆悪夢の内容
・前回のカウンセリング時には回答なし
◆睡眠中の夢遊症状について
・枕やシーツなどの寝具を引きちぎる
◆その他備考
・心療内科への通院歴はなし。症状を解決したいようだが、医療機関は頼りたくないとのこと
・仕事にやりがいを感じている様子。だが多忙で残業時間が月に50時間は超えているよう
・病歴やパーソナルなことについては話したがらないため、今後のカウンセリングにて確認予定(ある程度明らかにしないとアロマが使えないので)
以上
(……情報の扱いに慎重な方みたい)
「それで、いつになったら僕の夢遊グセは治るんですか。こちらは不眠の専門でしょう」
威圧的な言葉に顔を上げる。そこには長い脚を組み、試すような笑みを浮かべた黒須がいた。
「今回のカウンセリングで3回目ですね。今に至って症状が改善されないようなので、やはり『入眠療法』をお勧めします」
「この前言っていた、こちらで仮眠をするものですか。本当にそんなことをした程度で治るんですかね」
「ええ、大体のご相談者さまは一度の施術で改善されます。ただその対応をするためには、どうしても黒須さん自信について、もう少々詳しくお聞かせいただかねば出来ないのですよ」
ヨゼは瞼を閉じて黒須さんに問いかける。黒須の姿こそ見えていないが、僅かな沈黙から黒須の猜疑心には気付いていた。
ところが黒須はそれを悟られたくないのか、フンと鼻で笑う。
「前回もそのように言っておられましたが、僕のことについて知ってどうだというのですか」
「まず、病歴があればお伺いしたいです。アロマの禁忌に触るものがあれば、該当物の使用は避けて、黒須さんに合わせて調合しますので。あとは、そうですね――……」
その時、ヨゼがちょいちょい、と祈吏の服の裾を黒須に見えないよう引っ張った。
『祈吏が訊きたいことを聞いていい』という合図だろう。祈吏にとって黒須に聞きたいことは山ほどあったが、その中でも一番気になっていたことを口にした。
「あとは悪夢の内容につきましても、ご詳細お伺いできますか」
「悪夢の内容、か。本当にそれを答えれば、僕の夢遊グセが治るんですか?」
「治るかどうか、お約束は難しいのですが……把握できますと、どういったご対応をしていけばよいのか指針が定まりますので、改善の近道にはなります」
祈吏の答えに、ヨゼは満足そうに頷く。
なぜならばその受け答えは『入眠療法』という単語から『次は黒須の夢前世に行く』のだと瞬時に理解した証拠だった。
ヨゼは祈吏に前情報を渡していない。だが祈吏なら自身で考え、想像できると踏んでいたのだ。
「……悪夢の内容は、記録されるんですか」
黒須が窓辺へ視線を向けたまま、そっけなく問う。
「黒須さんがこの場限りにしたい等ご要望があれば、そのようにします」
ヨゼはすかさずそう答えると、黒須は瞼を閉じる。そしておもむろに口を開いた。
「上司を殺害する夢を見るんですよ」