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2-3話 予期せぬ再会

(牧場直送新鮮牛乳を2本……ミルク系の飲み物がお好きな相談者さんなのかな)


 初めて入るスーパーできょろきょろしながら、乳製品コーナーで注文の品を探す。


(あった、これだ)


 陳列された牛乳の中で一番高価なものを取ろうとしたその時、隣にあった『プロテイン入り牛乳』を掠め取るように横から手が伸びてきた。


「わっ、すみません」


 祈吏は手がぶつかりそうになったので反射的に謝った。ところが相手からの反応はない。

 そこで舌打ちまで響いてきたものだから、一体どんな人物なのかとちら見した。


(あれ……もしかしてこの人って)


 見覚えのあるピンクと黒のハーフカラーのライダースに、白髪に特徴的な頭両端のピンと立ったヘアスタイルと、毛先にピンクのグラデーション。

 そして不機嫌そうな顔は、あの日階段から落ちそうになった祈吏を助けた男そのままだった。


「あの、すみません。失礼ですが以前に競馬場でお会いした方ですか?」

「……は?」


 プロテイン入り牛乳を持った男は不機嫌そうに祈吏を一瞥する。

 だが祈吏は向けられたその赤い瞳に覚えがあり、確信を得た。


「世前夢見カウンセリングを勧めていただいた者です! あの、その節は誠にありがとうございました」


 そう言い深々と頭を下げる。すると男は思案するように空を見て、何かを思い出したかのように呟いた。


「あん時のどんくさ人間」


「ど……どんくさ人間?」


(すごく面白い表現をする人だな)


 突然向けられた侮辱に対して、怒りは一切湧かなかった。それよりもその独特な言い回しに半ば驚嘆さえ抱き、一瞬呆気に取られてしまう。


 男は何事もなかったかのように去っていく。祈吏もお使いの途中だと思い出し、会計をして表へ出る。


 すると、少し先の歩道に信号待ちをする男の姿が見えた。その方向はヨゼの邸がある方向だ。


(……なんだか、分かってしまったかもしれない)


 祈吏の直感が囁きかける。ここは違う道を歩いて帰った方がこの後穏便に済むだろうと。

 けれど祈吏は時環台の街を歩きなれておらず、帰り道に自信がない。仕方なく少しスピードを落として男の後ろを着くように同じルートを辿る。

 しばらく道を歩き、住宅地に入ってくると男が振り向き、ひとこと大きめの声を上げた。


「ついてくんじゃねえよ」

(ああ、やっぱりこうなっちゃったか)

「すみません! 決してつけてるわけではなく……自分もこっちなんです」


 そう遠巻きに答えると男はフンと鼻を鳴らし、そっぽを向いて歩き始める。

 これはヨゼに間に入ってもらったほうがいいな、と祈吏は思いつつ、邸の門をくぐる男の後に遅れて続いた。


 邸の敷地に入ると、ただでさえ閑静だった住宅地からさらに別世界へ入ったかのような静けさに出迎えられる。

 和風の庭園を男は見向きもせずずんずんと進んでいく。


(今日の相談者さんだったとしたら、多分案内した方がいいんだろうな。先回りしてティパルさん呼んできた方がいい気もする。けど、なんだろう……この悩ましい感じ)


 何かが祈吏の中でひっかかる。けれどそれは声を掛けるまでもなく、邸の開いた玄関から飛び出てきたものが答えを教えてくれた。


「みゃーっぷ!」


「えっ! ……猫さん!?」


 むくむくした白毛の弾丸は男の腕の中に飛び込み、男は手慣れた様子で抱き留める。

 腕の中から可愛らしいラガマフィンの猫が嬉しそうに顔を出した。


(かっ、かわいいー……!)


「ミャプ。ヨゼはどこだ」

「ぷるる」


 答えているのか猫特有の弾むような声をあげると、男の腕から飛び降り、邸の裏手に回っていく。

 男がその猫の後ろについていくので祈吏も後ろから続くと、邸の裏には洋風の庭園が広がっていた。


「わ、すごい……!」


(まさか裏庭があったなんて。何回か来てるけど気付かなかった)


 庭には四季折々の花が植えられているようで、今の時期は薔薇の花が咲き誇っている。

 その先にあるドーム型の屋根がついた建築物――ガゼボの下には、カウチで昼寝をするヨゼの姿があった。


「おい、ヨゼ。起きろ」

「すー……」

「俺サマが来てやったぞ!」

「むにゃむにゃ」

「狸寝入りしてんじゃねえ!!」


 近隣に迷惑なんじゃないか、という声量で男は怒鳴ると、ほどなくしてヨゼが肩を揺らしながら笑った。


「コマ、君は今日も元気に近所迷惑だな」

「てめーがさっさと起きてりゃこうなってなかっただろが!!」


(ああ……なるほど。そっちの方だったのか)


 この男は相談者ではない。このカウンセリング室の独特な雰囲気に馴染んだ様子と、なによりも目の前で交わされるヨゼとの砕けた会話。

 きっとこのカウンセリングの関係者なのだろうと、祈吏は理解した。


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