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第37話-雨上がりの草原

――大雨の中、馬車屋へ駆け込んだ。

渋い顔をする車夫を説得し、ずぶ濡れの子供靴が大量に入った木箱を車内に押し込み、半日かかる馬車道を往く。

そして大きな駅に着き、夜汽車に揺られて一夜を過ごした。


道中3人の間に会話はほぼなく、とても静かだった。

フーゴはどこか緊張した空気を纏っていたが、表情は決意に満ち溢れていて。

祈吏は緊張の糸が切れたのか、もしくは『夢前世の中だからこそ』か、現実では味わえない深い眠りについていた。


ヨゼは車窓から19世紀ヨーロッパの去りゆく風景を眺めながら、今後の展開を予想する。

それと同時に、嵐のなかで耳にした祈吏の純真な想いを反芻しては、小さく笑った。


「――お客さん、着きましたよ」

「っあ……はい。ありがとうございます」

「祈吏くん、立てるかい」

「はい……」


終着駅で馬車に乗り換え、目的地に着く頃にはプラハを出発してほぼ1日が経っていた。

ヨゼは寝ぼけ眼の祈吏を支え、フーゴの後に馬車から降りる。

そこにはすっかり晴れた青空と、広大な草原が広がっていた。


「わあ……すごい景色ですね」


のどかな牧草地帯に、ぽつんと1棟の赤い煉瓦屋根の教会がそびえ立つ。

建物の前には楽しそうに遊ぶ子供たちがいて、辺りには多くの洗濯物が干されている。

白いシーツがはためく先に、質素な服を身に纏った女性の姿があった。


「ラミシャ、聞いてよ!今晩の夕飯はまたパンと野菜くずのスープだけだってよ!」

「あらそう。でも美味しいじゃない、野菜のスープ」

「4日も連続で出されたら飽きるってば! はーあ、お金がないって嫌だよね。ズボンも靴も全部穴だらけだしさ……」

「ヨーゼフ、質素倹約は神の子の務めでしょう。私が縫うから、あとで出しといてね」

「はあい。……あれ、ラミシャ。誰かいるよ」


――亜麻色の長い髪の女性が、なだらかな丘の下にいるフーゴへ振り返る。

女性の腕の中には、静かに眠る赤子がいた。


「……ラミシャ」

「な、なんで……分かったの?」


フーゴは一歩、一歩とよろめきながらラミシャと呼んだ女性に歩み寄る。

ラミシャは言葉が出ないのか、ただ立ち尽くしていた。だがその様子から拒絶は感じられない。むしろ倒れそうなフーゴを、受け入れるように片腕を震わせながら開く。

そしてフーゴはラミシャの元へ辿り着き、子供をひとめ見て――ふたりを静かに抱きしめた。


「……2人とも、生きていてくれてありがとう」

「あ……ごめんなさい。……本当に、ごめんなさい……!」


ラミシャは謝りながら、左腕をフーゴの背中へしがみ付くように回す。

その薬指には遠目から見ても分かるほどに磨かれた指輪がはめられていた。


「フーゴさん、会えてよかったですね」


再び結ばれた夫婦を遠目から見守っていた祈吏はそう呟く。

ヨゼは肯定するかのように『見てごらん』と促した。


「旦那、お嬢さん。……ありがとう!」


フーゴが目に涙を浮かべて振り返ると、その額に刻まれていた赤いつぼみが柔らかなピンク色に染まりながら花ひらく。

それは可憐なバーベナの紋章だった。


「どうやら、前世と今世の魂の融解が始まったようだ」

「魂の融解……って、あれ!?」


祈吏が自身の身体を見て驚きの声を上げた。光の粒が気泡のように放出されている。

ヨゼは懐中時環かいちゅうときわを開くと、ガラス菅は光に満ちていた。


「そろそろ時間だね。さあ、祈吏くん。現実へ還ろう」


促されるまま手を繋ぐと、頭上に光る大きな環が現れ、2人の身体が浮遊する。

フーゴたちに祝福の言葉を駆け寄り伝えるのは間に合わないと悟った祈吏は、大きく息を吸った。


「みなさん、どうかお幸せにー!」


吸い込まれていく中、祈吏は家族と修道院の人々に向けて、大きく手を振った。



――景色が遠のき、辺りが暗闇に包まれる。



だんだんと意識が浮かび上がるなか、駆け巡ったのは『その先にあり得た光景』。

フーゴが大量の子供靴を修道院に持ち込み、子供たちに分け隔てない愛を振りまく。そして妻のラミシャとの間に第2子を迎え、家族4人で幸せそうに暮らしている光景だった。


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