表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/121

第36話-ふたりを繋ぐ輪

「……それは」


フーゴはみるみるうちに力が抜け、今にも崩れ落ちそうな様相だった。

ただでさえ危ない欄干に立っているのですぐにでも橋側へ降ろしたい気持ちがあったが、祈吏は機会を伺いながら、言葉を続けた。


「安心してください。奥さまはフーゴさんのことを、きっと今でも愛されてると思いますよ」


「……どうしてそう言い切れる」


「その証拠に、手紙に同封されてなかったんじゃないでしょうか」


一歩フーゴへ踏み出す。その歩みにフーゴは大きな身体をびくりとしたが、祈吏は落ち着いた様子で彼の左手を取った。


「ご結婚指輪、奥さまは今も着けられてるんだと思います」

「なっ……」


その言葉にフーゴは愕然としたあと、くしゃりと今にも泣きだしそうな表情をした。


「奥さま自身……フーゴさんの子かどうなのか、とても恐かったんだと思いますよ」


「どんな結果であったとしても、フーゴさんが受け入れる覚悟があるなら。会いに行きましょう」


「……真実を知るのが恐いんだ」


そう言ったフーゴの頬に伝う雫は涙か雨か分からない。

祈吏自身も、フーゴの恐怖を取り除いてやれるような綺麗な言葉は見つからなかった。


「信じていたものが想像と異なった時、事実を受け止めるのはとても恐いですよね」


「でも、自分でしたら。自分でしたらですよ。大切に思った人が、一体どんな気持ちでその結果に至ったのか……知りたいです」


「苦悩も、喜びも、憎しみも。裏切られたのだとしたら何故裏切ったのか、全て向き合いたい」


瞬間――天から雷光が落ち、フーゴと祈吏の交渉を照らす。

その背後には同じく自身の中に雷の如く衝撃が走り、呆然と立ち尽くすヨゼの姿があった。


「祈吏くん、君は……君こそが」

「だから、一緒に確認しに行きましょう」


ヨゼの呟きは雷鳴にかき消され、祈吏は気付かないままフーゴの左手をそっと引こうとする。

一瞬思案する素振りはあったが、フーゴは深く頷いた。


「……ああ」


フーゴが欄干から降りようとしたその時――強風が大男の身体を薙ぎ落とした。


「――フーゴさん!!」


一瞬の出来事だった。

祈吏が咄嗟に掴んだフーゴの手首は太く、大男の体重は女子の身体では引っ張り上げられない。

その手を掴んだ祈吏も引っ張られるように、激流へと落ちていった。


――水面に身体が叩きつけられる衝撃と、息苦しさ。

だが、乱流だと思った水中は静まり返っている。


(あれ……おかしいな)


そっと瞼を上げると、視界は明るく、澄んだ青で満ちていた。

水面から降り注ぐ陽光と、どこまでも続く水中の景色。

白く浮かび上がるあぶくの向こう側にあるのは、今しがた落ちてきただろうヨゼの姿で。


(ヨゼさん……どうして)


水中で外套を翻し、陽を浴びて太陽のように眩しい金髪が揺らめく。

その姿は初めてヨゼを目にした時と同じ、まるで後光が射しているように見えた。


いつもの朗らかな笑みを口元に、ヨゼはそっと祈吏の身体を寄せる。

そして束の間――2人の額は重なり合った。



――――瞬間。世界が光で満ちた。



「――っはあ、はあ、あ……!」


次に祈吏が自身を認識したのは、今しがた落ちたはずの橋の上だった。

身体は濡れているが、濁流の汚れは一切ない。

目前にはうずくまるフーゴがいて、それは祈吏自身が手を引いて橋の上に引き戻したかのような光景だった。


「……どういうこと?」


呆然と呟いた祈吏の肩を、その男が叩いた。


「祈吏くん、危ないところだったね。間一髪だったよ」

「……いま、自分はフーゴさんと落ちたはずじゃ」


ヨゼに振り返るが、微笑むだけで何も言葉は帰ってこない。


「タイムリミットが迫ってる。さあ、修道院へ行こう!」


その言葉にフーゴは黙って頷き、大きく叫んだ。


「今すぐ出発だ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ