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第24話-夜半の静かな食事会


「グラーシュとクネードリキです。フーゴさん、お好きだって聞いたので」

「さあ、温かいうちに頂きましょう」


ヨゼがスプーンを渡すと、フーゴは無言のまま受け取る。それは食卓を共に囲む意志を感じるもので。

そうして夜半の静かな食事が始まった。


(やっとフーゴさんとお話できるところまで来たけど……どう切り出そう)


祈吏が賭けの対価としてジョンから聞いたのは『フーゴの好物』だけではなかった。

カード(賭け)の後、参加者から賭け金は一応もらったが、祈吏の発案でヨゼが賭けた額の倍額請求はなしとした。

正直、その場にいた男たちの服飾をもらってもしょうがなかったためだ。

そうすると、賭けに興じた参加者は恩を感じたのか、フーゴの話を頼むまでもなくあれやこれやと話し始めたのだった。


(フーゴさんは寡黙だけど明るい人だって言ってたな。奥さまが出ていかれてから暗くなり始めた、って聞いたけど……)


フーゴの妻が夜警と不倫関係にあった、というのはあくまでも噂に過ぎないものだった。

宵に2人が仲睦まじそうに靴屋の前で話していたのを食堂の常連が見かけたのが噂のきっかけらしい。


男の顔までは見えなかったが、コートを着ており服装は夜警であったという。

その様子がどう見ても恋仲のように見えたため、そう言った噂が持ち上がった、とのことだった。


急に奥さまのことを切り出すのもな、と思いつつ、祈吏はグラーシュを口へ運ぶ。

想像していた通り、味はビーフシチューによく似ていた。野菜の旨みと口の中でホロホロとほどける牛肉、独特なパプリカの風味が食欲を刺激する。


(……フーゴさんとお話しなくちゃなのに、これは手が止まらない)


そう夢中になりながら、次はクネードリキも食べてみる。

見た目は真っ白な蒸しパン、という印象だったが、一口大に摘まんでみるともっちりとした手触りだ。

口に放り込めば見た目の通りもちもちとした触感が楽しい。味は微かに甘く、グラーシュと大変よく合う。


「これ、美味しいですね!初めて食べました」

「グラーシュを?……珍しいな」

そう言い放ったフーゴの語調はどこか優しく、クネードリキをグラーシュに浸してから口へ運ぶ。

その手つきから食べ慣れていることが察せられる。だが、祈吏の興味を引いたのはそれだけではなかった。


(左手の薬指に、指輪してる……この時代にはもう結婚指輪の風習があったんだ)


「大変美味しいですね。フーゴさん、お代わりはいかがですか」


ヨゼがフーゴに勧める。すると空腹だったのか、おずおずと皿を差し出した。

寡黙だとは聞いていたが、感情表現があまり得意ではないのか、ヨゼにシチューをよそってもらえば小さな声で『ありがとう』と呟いた。


「いえいえ。まだありますので、遠慮なくどうぞ。祈吏くんも良ければお代わりどうかな」

「あ、はい!ありがとうございます。できればクネードリキもください」

「ふふ、もちろん」


そんなやりとりを見ていたフーゴは、食事を口へ運ぶのを止め、静かに食卓へ視線を落とした。


「……嫁も、よくこれを作ってくれたんだ」

「あ……そうだったんですね」


僅かに顔を綻ばせたフーゴに、『大事なこと』を聞くのは今だと思い、祈吏はなるべく自然を装って言葉を続ける。


「あの、不躾なことをお伺いしますが。奥さまは今どちらに?」

「…………嫁は」


――長い沈黙のあと、フーゴは視線を落としたまま口を開いた。


「死んだよ」


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