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第17話-中欧料理と誘惑

『お金もありますし』とヨゼがチンピラから取り返した財布袋を意気揚々に掲げた。


そう、財布には現実の所持金と同額程度のお金が収められていた。

この時代の物価を祈吏は知らない。けれど何故か感覚として『分かる』のは、夢前世の中だからだろう。


街道から外れた通りに入り、賑わっている店を見極め、祈吏とヨゼは一軒の食堂へ足を踏み入れた。


「すごい……!何語か分からないけど、メニューの文字が全部読めます!」


それどころじゃない。食堂の中をごった返すのは異国の人々、その上時代が違うのに、飛び交う言葉が全て分かる。


「マスター!もう一杯麦酒くれ!」

「昼間っから飲んだくれてんじゃねえよ!ったく、あいよー!」


「ここの食堂は酒場も兼ねてるんですね!こういうのもあったんだ……地域文化専攻なので大変勉強になります!」

「祈吏くん、楽しそうだね」

「はい!あ、ヨゼさんはランチ何にしますか?」

「じゃあ、祈吏くんと同じものを」

「分かりました!すみませーん、オススメランチを2つお願いします!」


はしゃぐ祈吏を見て、ヨゼはやれやれと楽しそうに肩を竦めた。


「祈吏くんは他人の意見に同調するタイプだと思っていたけど、僕の思い違いだったようだ」

「そうですか? 確かに自分から意見するのは、あまり得意じゃないかもですが……」

「夢前世にも半ば無理矢理同行させちゃったからさ。こういう風に自分を主張してくれるのは嬉しいなってこと」


ふいにヨゼは人差し指と親指で輪を作り、その先にいる祈吏を見つめる。


「人間は生物の中でも一見して分からない様々な面があるから不思議で、素敵で、興味深い。だから僕は人がとっても好きなんだ」

「はあ……」


人が遠い存在、もしくは自分とは異なる存在のような口振りで。

聞く人によっては見下しているのではないか、と誤解を生むような言葉だったが、

ヨゼの語調に侮蔑や卑屈さは微塵もなく、口元は愛しいものを語るような笑みをたたえていた。


「オススメランチふたつ、お待たせしましたー!」


そんな2人の会話を遮るように、女性給仕がそれぞれの前に大皿をどんと置く。


「今日のランチは『子牛のシュニッツェル』と『ポタージュ』です!パンはお代わりできるので、気軽に言ってくださいね」

「わあ……!ありがとうございます、いただきます!」


『子牛のシュニッツェル』と言われたものは細かな衣をまとったフライで、カツレツによく似ている。

ポタージュは何種類か野菜を混ぜているのだろうか。カボチャやニンジンを思い出す色味をしており、玉ねぎとブイヨンの豊かな香りが食欲をそそる。

パンは固そうな見た目をしているが、持ってみるとフランスパンに近い手触りだ。


「美味しそう〜……! いただきます!」


祈吏はナイフとフォークで丁寧にシュニッツェルを切り取り、一口頬張る。

そして歓喜の声を上げながら、口元を押さえた。


「さっくさくで、お肉が柔らかい!すっごく美味しいです!ポタージュも……んん、最高!」

「ふふ、それはよかった」


そう言い、ヨゼもシュニッツェルを口へ運ぶ。

現実のヨゼならここで『あの料理を頼もう!こちらも頼んでみようではないか!』と和気あいあいに満漢全席まんかんぜんせきを作り上げていただろう。

けれど、今は夢前世の中。青年ヨゼの心中には他に優先すべき事柄があった。


「祈吏くん。この後のことなんだけどね」

「デザートは何にしましょう!」

「う……とても頼みたい。けど、そろそろ福田さんを探しにいかないと」


そう言うと、ヨゼは祈吏の頬についたパンくずを自然な手つきで取り、そのまま自身の口に運ぶ。


「……ヨゼさん、現実とだいぶ雰囲気が異なるのは何故ですか?」

「何でだろうねぇ。自然とその身体に相応しい振る舞いになってしまうんだ」

「はあ。いま、ちょっとだけ驚きました」


祈吏は恥ずかしがる素振りもせず、スープに浸したパンを頬張る。

その淡泊な反応に面白いと思いつつ、ヨゼは懐から懐中時計を取り出して見せた。


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