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3-35話 譲り受けたもの

「っ!? な、なななんですかそれっ!?」


 思わず勢いよくのけ反ると、背中から倒れるように椅子から転げ落ちる。

 上を向くように倒れ、目を開くと、視界に見覚えのある足があった。


「何を騒いでやがるんですか。茶、淹れ直してきましたよ……アナタ、それは」


 ピンが祈吏の腹の上を見ると眉間をひそめた。はっとなりその視線を追うと、そこにはモモチが残したであろう亜麻色の毛束が落ちている。もうそこにモモチの姿はなく、祈吏は緊張から唾をのんだ。


(モモチさん、どうしてこれを置いていったんですか……!)


「す、すみません!ええと、どこからかこの毛束が、落ちて、きまして」


 苦し紛れに祈吏はいうが、ピンは大きく首を傾げた。


「それは奥の作業場に置いといたものですよ。まさか、入ったんですか?」

「滅相もない! 本当に、覚えはないんです」

「ふむ……そうですか」


 祈吏は起き上がり、自分の腹上にある毛を集める。長さはそこそこあり、ロングヘア程度はありそうな長い毛だった。その束をピンに差し出すと、無言で受け取られた。


「あの。それって人の髪……ですか?」

「は……。違いますよ。これは馬の尻尾の毛です」


 その言葉に祈吏は僅かに口元がぴくりと動いた。触り覚えのある手触りだったと言えば、恐らく空気が悪くなるだろうと。だが、それが本当に馬の毛なのか、祈吏には分からなかった。


(競馬場のふれあい広場で、お馬さんともっと触れ合っておくべきだった)


「なーんか、納得してない顔してやがりますね。……ああ、じゃあ見せればいいのか」


 そう呟き、ピンは工房の奥へと入っていく。そして間を開けずに、手にそれを持って戻ってきた。


「こういったものに使うんですよ」

「これって……卯月さんのお人形ですか!?」


 桃色の服をまとった、高さ20cmほどの卯月そっくりな人形。柔らかな微笑みを浮かべ、翡翠の瞳を持つそれは、現実で見る彼女そのものだった。


「触ってどうぞ。出来を確かめてください」

「わっ。ありがとうございます!すごい……ご本人にそっくりですね」


 現実の卯月よりも簡単なヘアアレンジではあるが、亜麻色の髪をゆったりと上げている。確かにそれは先ほど手にした毛と同じ手ざわりだ。その滑らかな感触に、思わず髪を撫でてしまう。そんな祈吏を見たピンは、静かに口を開いた。


「それ、お気に召したようであれば差し上げますよ」

「えっ。それは流石に悪いですよ!こんなに素敵なものいただいてしまうのは、申し訳ないです。……でも、どうして卯月さんのお人形を作られたんでしょう?」

「実は、それを売り出そうと考えていたんですよ。ですが提案したらとある方にクッソ怒られまして。すでに物が出来ているなんて、死んでも言えませんでしたねー」


「なので、ワタシから贈られたということはご内密に。この工房で埃をかぶるのも可哀想なので、良ければ連れていってやってください」


「そこまで言われると、悩みますね……」


 卯月の人形を売り出そうと考えていたピンは商売上手な節がありそうだ、と思いつつ、手の中にある卯月人形を見つめた。すると、人形にぬらりと大きな影がかかる。

 顔をあげると、すぐそこには目のすわったピンの顔があった。


「ワタシの『技』がどれ程のものなのか。アナタには正しく理解していただかねば困るのです。だってアナタは――……」


 ピンが何かを言いかけ、祈吏がその『言葉』を耳にする直前――その向こうに、振りかぶるモモチの姿を見た。


「あ――」


 けたたましい音をたて、棚に並んでいた作品たちが落ちていく。

 ピンは即座に振り返り、その惨状に頭を掻いた。


「はあ? なんですか、これ……」


 呆然とする祈吏の手を、モモチが取る。そして、颯爽と工房を抜け出す。

 ピンが振り返った時には、もうそこに祈吏の姿はなかった。


「……『心力の炎』が灯らないアナタには、正直関係ない話でしたかね」


 工房を出てしばらく廊下を小走りで進むと、息を切らしたのは祈吏のほうだった。


「も、モモチさん!どうしてあんなことしたんですか」


 先ほどの行動が理解できない――何か意味があったのなら教えて欲しいと、思わず語気が荒くなる。祈吏自身、ピンに礼の一言も伝えられないまま後にしたのが気がかりだった。


「……ん」


 モモチは毅然とした様子で祈吏を見ると、その額を指さした。何ごとかと祈吏は己の額に手を当てる。そこはじっとりと汗ばんでいた。


(あ……気付かなかった)


 ピンと対話し、その身体がこちらに向いた時から――動けなくなっていた。

 それが緊張からなのか、他の感情からなのかは分からない。けれど、『馬の毛』を見つけたあたりから、自分の中に『直感的に』早くこの場から離れたいが、離れてはならないという葛藤が渦巻いていたのは確かだろう。


「自分のことを、思って連れ出してくださったんですね……ありがとうございました」

「んー!」


 嬉しそうに笑うモモチに、ようやく生きた心地がする。

 それも束の間、廊下の向こうからユエリャンが歩いてくる姿が見えた。


「ああ、見つけた」


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