3-34話 差し出されたもの
(ピンさんは桃の木に対して特別な感情を抱いている……のかもしれない。にしても、湯呑みの細工も繊細で見事だ)
「この湯呑みもピンさんが作られたんですか?」
「ここにある木工品は全てそうですよ」
ピンは工房内を軽く見渡す。棚には角灯や食器などの細かなものがあり、低い位置には椅子や杖、小さなテーブルなどが置かれている。
「時に、アナタはこういった『もの』を見て感じる感情はありますか」
「そうですね……どんな使われ方をするんだろう、どんな人が使うんだろうとは考えます」
祈吏は自分の手元にある湯呑みをまじまじと見て答える。
「あと、これはあまり人に言えることではないのですが。その物の終わりを必ず考えてしまいます」
「ほう」
「どう使われて、どんな時を経て、どう終わっていくのか。想いを馳せてしまうことは度々ありますね」
祈吏は1人暮らしを始めた時、生活用品を100円均一でそろえた。買った白い皿を見て、どんな料理がよそわれ、どんな傷がつき、最後己の手から離れる時、どんな姿になっているのかと思い耽った。
祈吏の言葉にピンは静かに耳を傾ける。その話の間、遠巻きからモモチが目を大きく輝かせて祈吏を眺めていたが、その視線に気づくことはなかった。
そして祈吏が一通り話し終えた後、ピンは口を開いた。
「それは人も同じでしょうか」
「人ですか。人の終わりは……あまり考えたこと、ありませんでした」
「それは珍しい。アナタもこの地にいるのであれば、永遠を望んでいるのでしょう。己の人生の終わりを憂い、永久を手に入れたいとこの地へ来たはずです」
当たり前かのように降られた見解に、返答に詰まる。
(あまり嘘もつきたくないし……ここは、卯月さんに伝えたのと同じ答えでいいよね)
「ええと、自分は永久の命に興味は特段なくてですね。実は友人を探しに――」
「は??????」
今まで和やかだった空間が、一瞬にしてびりついた空気に変わった。
「何故永遠に興味がないんですか。そんなの可笑しいでしょう。アナタここをどこだと思っているんですか。永久が手に入るんですよ。したいことし放題でしょう」
まくしたてるようなピンの言葉に、祈吏はたじたじになる。けれど、その問いに対してはちゃんと伝えたいものがあった。
「その線で話しますと、自分は美味しいものを食べられなくなるのがいやなので……」
「はっ、くだらない。生きているが故に抱く面倒な欲でしかない」
「……え?」
ピンから飛び出た言葉に祈吏は首を傾げる。ピンは目を見開き一瞬硬直したが、すぐに立ち上がった。
「茶が冷めましたね。淹れ直してきます」
急須を持ちあげたピンは工房を出て炊事場がある方向へ去っていった。ぽつんと取り残された祈吏はその言葉を反芻し、考えるように顎に手を添える。
(生きているが故に抱く面倒な欲って……どういう意図があってそんなこと言ったんだろう)
食事を面倒なことだと一度も思ったことがない祈吏は、言葉の意味を考えてしまう。見たところピンは食にあまり興味がないのだろう。だとすれば、先ほどの言葉も納得ができる。
ふと視線を上げると、そこには工房内でぼうっと棚を見つめているモモチの姿があった。
「あれ、モモチさん。いらっしゃったんですね」
「……」
その周囲を見る瞳は殺伐としている。どこか恐怖しているようにも見えるし、全てを受け入れ諦観したような面持ちにも見えた。
「モモチさん……?あっ、待ってください!」
そしてモモチは工房の奥へ入っていった。ひとりで工房内を動きまわるのには懸念があったが、恐らく怪我はしないだろうと、祈吏は席に座り直す。
(なんだか複雑そうな顔してたな。……もしかして、この工房にあるものってモモチさんの身体――木材からできてたりする?)
己の身を使われて不服に思っているのでは、と思考を巡らせる。けれどモモチはすぐに戻ってきた。その表情はどこか興奮しているようにも見える。
「お帰りなさい。何か面白いものはありましたか?」
「んーっ!」
モモチが何かを両手で差し出す。祈吏は何を持ってきたのかとモモチの背に合わせて屈む。
「え――」
差し出された両手には、掴みきれないほどの人毛があった。