3-27話 不可解な共通点
ピンが店主の女性、ミンミンとやり取りをする光景を茫然と眺めた後、祈吏は言及することもできず帰路に着いた。
(ミンミンさん、って……確か、伊吹さんが寝ている間に出てくる人格の名前だ)
部屋に戻り、寝台に身を沈め天井を眺める。そして辿るように伊吹のカウンセリング内容を思い出した。
そのなかで弟の蘭太郎は、把握しているだけで18人の人格が伊吹の中に存在していると言っていた。話を聞いた時には数の多さに圧倒されたが――今は不可解な共通点に混乱するばかりであった。
(その内のひとつが、あの星花包子の『ミンミンさん』と同一人物だったとしたら。寝ている時に出てくる人格は、伊吹さんの生み出したものではなく実際に存在する人だった……ということになる)
伊吹の中にいるミンミンと会話したわけではないので、確証はない。けれど偶然とは考えられない繋がりに思えた。ここが『伊吹の夢前世』であることは勿論、他にも蘭太郎が言っていた『ミンミン』との会話内容から家庭的な女性像が浮かんだからだ。それは包子屋の店主から感じられるパーソナリティと近しいと思えた。
(でも本当に実在した人の人格だったとすれば、他の17人も存在した可能性が出てくる。それを伊吹さんが持っているとなると……何が起きているのか自分には理解が難しすぎる)
ヨゼは就寝中に起こる夢遊病や悪夢が前世に関連している可能性があると以前言っていた。その線で考えると、伊吹の魂に『実在した人々の記憶』が存在していることになる。
(……そんなこと、あり得るのかな)
天井を行き交う赤い梁を眺め、小さく溜息をつく。すると、対するように腹の虫が大きな音を発てた。
(考えてたらお腹が空いてきちゃった。……お夜食にいただいた包子でも食べよう)
そう思い、テーブルの上に置かれている黄色く丸いそれを見やった。
ピンに木札を返した祈吏を見かねて、ミンミンがくれた星花包子だ。手に取ろうとおもむろに起き上がる。その時、室外から夜を告げる鐘の音が高らかに響いてきた。
「……見守りに行ってから食べよう」
――祈吏は部屋を出て、いくつかの昇降機に乗り、桃楼宮の奥にある件の中庭へ向かった。
(――……やっぱり、この木は特別な感じがする)
中庭に出て、桃の木を見上げて息を呑んだ。
吹き抜けから見える常夜を背景に、桃の花が咲き乱れている。何度見ても見事なのは確かだ。けれど、目前にすると必ず起こる、胸のざめわきの正体はいまだ掴めずにいた。
(ええと、不審者なし。不審物なし。木の周りに異常らしいものもなし、と)
こういった『見守り』でいいのだろうかと、思いつく限りの『確認』をする。そして異変がないと分かったところで、祈吏は桃の木がある小高い丘を降り、向かい合うように座った。
「あなたは伊吹さんの前世の方、で合っているのでしょうか……」
ぽつりと呟くが、桃の木は変わらずにそこに佇んでいる。祈吏は肩を落とし、膝を抱えた。
(意志の疎通どころか、本人なのかどう確認したらいいかも分からない。……どうしたらいいんだろう)
このままもし伊吹の前世と会えなかったら――最悪の事態が脳裏をよぎる。
(……いけない、弱気になりかけてる。しゃきっとしよう)
軽く頬を叩き、祈吏は懐から星花包子を取り出す。そして包子の先端をちょいとつついた。
「さて、お待ちかねの夜食にしましょうか!」
黄色い蕾が開き、手の中に星が出来上がる。
その形を見てふと思い出したのは、五芒星――5本のインダストリアルピアスをしていた晃満の言葉だった。