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3-25話 親子の違和感

 荒々しい声に顔をあげると、カウンターの奥の暖簾から青年が顔を出していた。言葉の通りに受け取れば恐らく女性店主の息子だろう。ぱっと見は二十半ばほどの年齢に見える。鋭い目つきに祈吏は一瞬ひるんだが、その視線のおかげで早々に母と子の違いに気が付いた。


(息子さんは永久人じゃないんだ)


 黒く短い髪を掻き分け『お袋』と呼んだ女性の背後に立つ。そしてカウンター横の厨房にあるボウルを覗き込むと、わざとらしく溜息をついた。


「まだ全然できてないじゃん。なんかあった?」

「ごめんね。やっぱりまだ味に自信が持ててなくて、ゆっくりになっちゃった」

「味は全然変わってねーって俺言っただろ! 永久人になってもなんも変わってねーって!」

「うん、分かってるんだけど……ああ、でも。今お客さんが美味しいって言ってくれたから、ちゃんと自信が戻ってきたわ」

「は?」


 じろり、と息子の視線が店先へ向く。そこに祈吏がいたことに気が付いてなかったようで、ぎょっと目を丸くした。


「あー……ふーん。分かった。ならいい。俺出前の準備するから、あと頼んだ」


(嵐のように去っていった。少し言い方はきつかったけど……お母様のことを大事に思われてるんだろうな)


「お騒がせしてごめんね。ちょっと粗暴なところもあるけど、根はとってもいい子なの」

「いえいえ。お母様のことを大切に想われているのがとても伝わってきました」


 祈吏の言葉に女性――母親はどこか気恥ずかしそうに口を噤む。


「ええ。優しい子なの。私の生い先が短いと知って、あの子がこの地に連れてきてくれた。親思いのとてもいい子なのよ」


 そう語った母親は、幸せそうながらもどこか陰りのある笑みを浮かべていて。

 僅かにほの暗く重い感情を察し――祈吏は払拭するように声をあげた。


「あの! 桃の木について何かご存じないですか。桃楼宮にある大きな桃の木です」


「桃の木……?」


「お袋、包子5個くれ」


 その時、店の奥から先ほどの息子が木製のオカモチを持って出てきた。

 母親は祈吏の言葉に一瞬硬直したが、ほぼ同時に息子に声を掛けられたので聞こえなかったかのように作業を始める。その様子がどこかおかしいのは明白だった。


「すみません。桃楼宮の大きな桃の木について、何かご存じないでしょうか……」


 もう一度声をかけて、先に顔を上げたのは息子の方だった。


「何だそれ、知らないけど。桃の木なんてどこにでもあるし、そもそもあの敷地に入ったことないよ。お袋は? 永久人になる時、桃楼宮に入っただろ」


 息子の問いかけに、せいろからオカモチへ包子を移していた母親が肩を小さく震わせた。


「さ、さあ。私は何も見てませんよ」


(……なにか、隠してるような感じがする)


「木について知りたいの?なら、よく来るお得意さんが詳しいから聞いてみるといいわ」


「お得意さん、ですか?」


「ええ。いつもお昼過ぎに見えるから、そろそろ来るんじゃないかしら。仕事がひと段落ついていればね」


(口ぶりからして激務の人なのかな……?包子を食べ終わったら少し待ってみよう)


 最後のひとくちを呑み込み、祈吏は『少しここで待たせてもらえないか』と交渉しようと顔を上げる。

 同時に、祈吏の背後からぬらりと男の太い腕が出てきて――その指先から一枚の木札が差し出された。


「いつものふたつ」


「ピンさん! ちょうどいいところに。この方が桃の木について色々知りたいんですって」

「……はあ~?」


 間抜けたような、けれど確実に苛立っていると分かる声が響く。祈吏が隣へ顔を上げると、そこには丸く分厚い眼鏡をかけ、白髪まじりの黒髪を無造作に結んだ男が立っていた。


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