3-23話 夜市
「……そう。じゃあ思い出した時は是非教えてくれ」
ユエリャンは含みのある笑みを浮かべながら一歩離れる。そして目前の大きな木を見上げた。
「この桃の木の見守りさえしてくれれば、あとは好きに過ごしてくれて構わない。外出をしたければ、どうぞ行っておいで」
「そうですか。 ……あ、じゃあご飯を食べられるところはありますか?」
「……それだったら――」
――ユエリャンから教えられた情報をもとに、祈吏は桃楼宮を取り囲む『商い通り』に繰り出した。
(わあ、色んなお店がいっぱいある……!)
夜を背景に白や桃色の提灯が通りを照らしている。縁日にも似ていたが、売られている料理や行きかう人々が身にまとう華服も相まって、異国の夜市のような光景だった。
(桃楼宮に行く道中は服が売ってる通りだったけど、こっちは食べ物がメインなんだ。美味しそうなものがたくさんある! ……ヨゼさんや狛ノ介さんが見たら、喜んだだろうな)
ひとりはしゃごうとしたその時、ふと合流できていないふたりを思い出して肩を落とした。
(これからどうしよう。伊吹さんの前世らしい『ひと』を見つけたのはいいものの……相手は『木』だからなあ。正直、イデアさんよりも難しい気がする)
次に桃の木に会いに行くのは今日の晩だ。その時までに、どうにか『木』と意思疎通を取る方法を見つけなくてはならない。
(どうしたら木とコミュニケーションが取れるんだろう。植物に声をかけると育ちが良くなる、っていうのはたまに聞くことがあるけど、それは少し違う気もするし。……うーん、どうしよう)
そう考えこみそうになったところで、ぐうと腹の虫が鳴った。
(……何か食べたら、いいアイディアが浮かびそう)
ぐるりと立ち並ぶ商店を見渡す。すぐ目先の店では山菜の串焼きが、その向かいの店では果物飴が売られていた。一口大の赤い実が串に連なり、飴でコーティングされつやつやと光り輝いている。
ちょうどひとりの女性客が買おうとしていたところで、一本受け取るとおもむろに腰に着けていた角灯を開く。すると、灯っていた赤い炎が小さく分裂し、店先に置かれていた灯籠に移っていった。
「どうもありがとう。美味しくいただきますね」
飴を受け取った女性はにっこりと店主に微笑んだ。
(ここの人たちはああやってお買い物するんだ)
ここでは思いやりの心――もとい『心力の炎』が通貨代わりになっているらしい。
それは心力の炎が出ないと判断されたあの場で軽く聞いた話だった。確かに炎が出なければ暮らすのは厳しいと言われるのも当然だろう。店先で買い物をする人々を見て祈吏は腑に落ちる。
(飴もおいしそうだけど、今はがっつり食べたいな。あ、あれなんてどうだろう)
店先にはせいろが積み重ねられ、食欲をそそる香りと共に白い湯気がもくもくと上がっている。そのすぐ隣には『星花包子』と書かれた提灯が吊るされていた。
(包子…パオズって確か、肉まんのことだっけ? なんだかいい匂いがするし、あれにしよう!)
支払いはユエリャンから貰った木札でできるはずだと、意を決してカウンターの先にいる背を向けた女性へ声をかけた。
「こんにちは。包子をひとつください」
「はい、まいどです」
振り返った初老の女性は、白い目隠しをした永久人だった。