3-22話 任せられた命
――その後、ユエリャンは祈吏を連れて部屋を後にした。
いくつかの渡り廊下と昇降機を乗り継ぎ、しばらくすると建物の内部奥にある中庭へ辿り着く。
そして目に飛び込んできた光景に――祈吏は事の重大さを察した。
「目を丸くしてどうした? ああ、こんな大きな桃の木を見るのは初めてか」
「はい……。まさか、こんなところにあっただなんて」
中庭の辺り一面には薄桃色の光が満ちている。小高い中央にそびえる大木は、桃の木だと言われなければ気付けなかっただろう。桜の木と見紛うほど隆々とした幹は高さ20メートルはある。そしていくつにも分かれる枝には、桃の花が甘い香りを放ちながら咲き乱れていた。
けれど祈吏が硬直したのは、桃の木が見事だったからではない。
――ひとめ見て脳裏によぎった光景が、あの時見た木の下で眠る伊吹の姿だったからだ。
(伊吹さんの前世は絶対に、この木で違いない)
「驚くのも無理ない。この地で最も古い桃の木だ。背も規模も、他で見るのとは一線を画しているだろう。まあ、しばらく実は生っていないがね」
ユエリャンは桃の木に近付くと、その木肌にそっと手を当てた。
「キミにはこの木を見守る仕事を頼みたい。なに、難しいことはないさ。昼と夜の刻に鐘が鳴る。その頃に、この木の様子を見に来てほしいんだ」
「見守るといいますと。 何か気付いたことがあれば、対応するってことでしょうか」
「そう。キミの目で見て『異変』を感じた時は、すぐ僕へ報せに来るように。普段は卯月様の間かこの桃楼宮のどこかにいるから、頑張って探して」
「分かりました」
異変と言われても、この世界に来てから祈吏にとっては『異変』だらけだ。光を放つ花びらを咲かせている時点で不思議だというのに、己の常識で判断するのは難しいぞ、と頭をひねる。
(だけど、どうにかやっと伊吹さんに繋がる手がかりを得られた気がする。あとはこの木に関して、もっと情報を聞き出しておきたいな)
「あの。ユエリャンさんはこの桃の木がいつからここにあるか、ご存じですか?」
「さあ……。僕がこの地にきた時には既にあったから」
少し口の端を上げてそう言った面持ちは、とぼけたように見えて。
「ただ言えることは、この木は『全ての源』であることは確かだ」
「全ての源? それってどういう意味でしょうか」
「……焦らなくてもそのうち知るタイミングがくるよ」
目隠しに薄紅で描かれた一つ目が祈吏を見つめる。その視線は己の腹の内が見られているような感覚を覚えた。
「ねえ、こちらからも聞いていい? キミが灯籠の前に立ったあの時、見えた光景が何だったのかをさ」
「えっ。 ……それは」
暗闇の向こうから走ってきた光景を思い出す。何を見たかは覚えているのに、あの時の心境を思い出そうとすると、ベールに何重にも覆われているかのような錯覚がした。
「さあ……忘れてしまいました」