3-20話 桃源郷の主 2
「ええっと。それについては、ですね……」
「あなたの望みは、一体なあに?」
純粋な疑問を投げかけられ、言葉が詰まる。
この夢前世に来た目的を教えてしまってもいいものなのだろうか。その可否についてヨゼに聞くのを忘れていたが、そもそも説明のしようがない。あれやこれやと思考を巡らせ、出た言葉は簡潔だった。
「友人を、救いに来ました」
「まあ、そう。お友達になにかあったのね」
「詳細をお話すると長くなるので割愛しますが、その人を探しています。どこにいるかは分からないのですが……何としてでも助けになりたいんです」
「早く見つかりますように。もしよければ、わたくしから皆に訊ねることもできますよ」
「いえ! 流石にそこまでお手を煩わせるわけにはいきません」
(それにヨゼさんが言っていた通りであれば、人ではなくて樹木なはずだし……)
ちらりと卯月が腰掛ける桃の木を見る。うねる幹はまるで椅子のように変形しており、卯月の身体を包み込んでいる。
(……今までは額の蕾の紋章を目印に探してきたけど、どこを判断基準にすれば見ればいいんだろう)
「ところで、祈吏さま」
「っはい!」
じっと探るように桃の木を見ていたところ、ふいに声を掛けられ声が裏返る。
けれど卯月は気にしない様子で言葉を続けた。
「今はどちらにお住まいなの?」
「ああ。それでしたら草原で、ええと……適当に過ごしてます。家とか諸々、これから決めてくれとは言われているのですが」
「あら。やはりそうだったの。そしたら……こちらの宮廷、桃楼宮で暮らすのはいかがかしら?」
「え……それって、ここの建物のことですか?」
この夢前世に来た最初の晩、祈吏は草原で野宿をした。そこは祈吏と同じく住居がまだ決まっていない移住者たちがいる、誰かしら人の気配がある場所だった。
その後の生活は好きな場所に家を構えて暮らしていい、という説明を受けていたが、夢前世の中にいるのは恐らく4日程度になる想定だったため、特段住居については深く考えていなかった矢先の誘いに――祈吏は困惑した。
「聞いたところ、あなたは心力の炎が出ないのでしょう? だとしたら、今後何をするのも不自由になるのではないかと思って」
「はあ。お誘いはありがたいのですが……」
(流石に、そこまでお世話になるのは申し訳なさすぎる)
どうすれば丁重なお断りができるか一瞬考える。けれどその言葉には続きがあった。
「だから、もしあなたが良ければね。またこうしてお茶できないかしら」
卯月が微笑む。それも束の間、可憐な唇から激しい咳が飛び出した。
「大丈夫ですか……!?」
「っごほ、けほ。ええ、だいじょうぶ……心配なさらないで」
祈吏は咄嗟にテーブルの上にあったナフキンを取り、卯月に差し出そうとする。
すると、卯月はその手をそっと両手で包み込んだ。
「わたくしはこの世界にいる全ての人に、幸せであってほしいの」
「え――」
卯月の顔色は悪いが、真っすぐ向けられた眼差しは力強くて。
「そして老いや別れに怯えずに……永久に幸せが続く世であってほしい。だから、祈吏さま。あなたにも安心できる場所で眠ってほしい。でも、無理にとは言わないわ。……わたくしのお願い、聞き入れていただけるかしら?」
「そんな……」
(普段であったら、申し訳なくてこんなお誘いは断る。けど……)
「……分かりました。ご厚意ありがたく頂戴いたします」
「よかった……。受け入れてくれてどうもありがとう」
「でも、何もせずお世話になるのは申し訳ないので。もし何か自分にお手伝いできることがあれば、気軽におっしゃってください」
祈吏がそう答えると、卯月は驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを口元に称えた。
「ええ。……またいらしてね」
――その後、卯月は案内人に促されるまま席を離れた。
咳込んでいた様子から察するに、どこか優れないのだろう。祈吏は卯月の体調がよくなるように願いながら、どこまでも降りていく昇降機に揺られた。