3-18話 思いやりと企み
「一体なにが起きたのです……っ!?」
案内人が慌てた様子で辺りの煙を手で払う。灯籠に手をかざした本人は、そのままの状態で硬直していた。
(これは、何かまずいことになってしまった?)
祈吏の横を通り過ぎ、ユエリャンが灯籠に一歩踏み出す。
そして中を確かめるように、小窓をそっと覗いた。
「……灯っていないね」
「えっ」
こんな轟々しい爆発があったというのに――と、周囲の目が点になる。祈吏も中を覗いてみたが、そこには炎どころか、煤ひとつない状態だった。
「炎が出ない方だなんて、今までいませんでしたのに……」
案内人の動揺を余所に、祈吏はどきどきしながらも内心安堵していた。
(何かあったのかとびっくりしたけど……大事ないようなら良かった。それに、自分の炎を見ないで済んだのは僥倖だ)
「困りましたね。まさか、あなたには心がないのでしょうか……?」
「さ、流石に心がないなんてことは、ないと思うのですが」
祈吏が想定していたよりも『心力の炎が出ない』ことはこの世界において深刻な問題のようで、案内人は首を横に振る。
「心力の炎が灯らないというのは、この世界での財産が一切ないということです。厳しいことを申し上げますが、あなたにここでの生活は――」
「僕が面倒を見よう」
祈吏の横に黄緑色の三つ編みが揺れる。ふと隣を見上げると、目隠しをしたその男が不敵な笑みを称えていた。
「君、名前はなんていうの?」
「はあ。祈吏です」
「珍しい名だね。では……祈吏。君にはこの証をあげよう。これを持っていれば『心力』がなくとも、ここで生活を送れるよ」
ユエリャンは己の腰に下げていた木札を祈吏に手渡す。それは栞程度の大きさで、桃の花が精巧に彫られている。案内人がそれを目にした瞬間、ごくりと息を呑むのが伝わってきたことから、この世界において価値あるものだと伺えた。
「どなたか存じませんが。親切にしていただき、ありがとうございます」
「問題ないよ。……この世界では『思いやり』が重要だからね」
深々とお辞儀した祈吏に、ユエリャンは喉を鳴らす。そして、そっと耳打ちをした。
「ひとつ、僕からの頼み事を聞き入れて欲しいんだ」
――昨日のやり取りを思い出していると、ふいに鐘の音が鳴り響いた。
(ああ、そろそろ約束の時間だ。もう行かないと)
『ユエリャン』という男からされた頼み事。それは祈吏にとっては好都合なものだった。
(あの『卯月様』のお茶会に参加して欲しい、なんて……色々と探れる絶好のチャンスだ)
草原を歩き、摩天楼の元へ来るとひとりの案内人が立っていた。
卯月に仕えている使用人は皆、若葉色で似た形の服を着ているので遠目から見てもすぐに分かる。祈吏は案内人に声をかけると、門の横に備わっていた昇降機に通され、上階に運ばれて行った。
「こちらで卯月様がお待ちです」