3-15話 常夜の桃源郷の前世
天まで高くそびえる摩天楼。その足元に集められた人々は皆淡い色の華服に身を包んでいる。今しがた着替えたばかりなのか、その華やかな衣装に目を輝かせてみる者もいた。
目前の摩天楼には大きな門があり、その前には2本の灯篭がある。横には何かの役目を担っているだろう係の者が、それぞれ1人ずつ立っている。
(何が始まるんだろう……)
祈吏の意識が明確になった時には既に、人々と同じ衣服をまとい、その人込みの中にいた。
周囲にヨゼや狛ノ介の姿はない。別行動になるだろうと事前に言われていたからこそ取り乱さずに済んだが、己を取り巻く世界や景色は今までの夢前世と比べても稀有なもので、僅かな戸惑いが胸中に生じた。
その時、門の上にある大きなバルコニーから銅鑼の音が響き、民衆の視線は一斉にそちらへ集まった。
「この世を統べる神であり母、卯月様のお出ましである」
目隠しをした黄緑髪の男の口上が響き渡る。その直後、バルコニーの奥から姿を現したのは、高貴な装いの美女だった。
「皆様、ようこそおいでくださいました」
清廉な声が響き渡る。その女性は薄い亜麻色の髪を複数の螺鈿細工の簪でまとめあげ、頭の上で蝶のように結んでいる。長い髪は緩くウェーブがかかっており、たおやかな表情と薄桃色のドレスのような華服は、祈吏の知るとある人物を彷彿とさせた。
(あの方、伊吹さんに雰囲気が似てる……)
そう思い、女性の額に視線を移したがそこに蕾の紋章はない。
祈吏は人違いかと思いながら、その人物の言葉に耳を傾けた。
「ここは常夜の桃源郷。永久の命が約束された地です」
その耳を疑う言葉に、祈吏は目を見開く。
けれど周囲の聴衆の反応は真逆で、驚喜に満ちたざわめきが辺りに広がった。
「ここに来られた皆様方は、もう『死』や『別れ』……『孤独』に怯える必要はありません。どうか幸せな時を大切な方と共に、そしてわたくしたちと手を取り合い、永久に歩みましょう」
『卯月』と呼ばれた女性はそう微笑む。すると祈吏を取り巻く聴衆たちはワッと歓声を上げ――卯月の方へ向けて手を叩いた。
すかさず、横に控えていた黄緑髪の目隠しをした男が一歩前へ出て、たしなめるように声を上げた。
「永久の命を手に入れるには、いくつか条件がある。これから述べる掟を守れば、あなた方の魂は永久のものとなり、未来永劫繁栄が続くだろう」
男が述べた『掟』は3つだった。
ひとつ。この世界、そして統べる『卯月様』を受け入れること。
ふたつ。他者との関わりを大切にすること。
みっつ。永久の命を手に入れた人――永久人は、永久の命を手に入れていない常人と見つめ合わないこと。
「これらを守り、清い衣をまとい豊かな生活を送れば、あなた方は永久の存在になる」
男はそう話し終えると、静かにバルコニー下の門を指し示した。
「そしてこの世界では心の力――『心力』が己の財産となる。これからあなた方に、いかほどの心力があるか確かめていただこう」
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