朝の散歩
「ふああぁぁ……」
珍しく朝早く目が覚めて、私はぐぐーっと伸びをする。横を見ると、おはぎはまだ夢の中のようだ。
ゴロゴロ喉を鳴らしながら寝ている。可愛い。
私は脱衣所で着替えて、今日のことを考える。あと一時間も走れば、目的地のダンジョンに到着するはずだ。
脱、初心者ダンジョン! ということで、かなり緊張している。
「……あ、だから目が覚めちゃったのかな?」
と思ったけれど、昨日はお腹いっぱいで早い時間に寝落ちしてしまったからかもしれない……と苦笑する。
「せっかくだから、少し散歩でもしようかな」
私はキャンピングカーから下りて、大きく深呼吸する。朝の空気はとっても気持ちよくて、遠くの山々が見える景色も抜群だ。
散歩の前に軽くラジオ体操もどきをして、短剣も忘れずに持って、わたしはのんびり歩き始めた。
ここら辺はいわゆる草原なんだけれど、キャンピングカーの近くには比較的背の高い草木があるので、ぱっと見では気づかれづらい。
……まあ、キャンピングカーには許可がないと入れないから、特に危険なことはないんだけどね。
そんなことを考えながら歩いていると、足元に薬草が生えていることに気づく。
「おおっ、これは朝から幸先いいね!」
薬草は自分で使うことはもちろん、冒険者ギルドに売ってもいい。ただ、薬草そっくりな草があるので、採取のときには注意が必要だ。
私は葉っぱの形などを調べて、薬草もどきではないことを念入りに確認する。
「あとは何かあるかな~」
散歩が楽しくなってきて歩いていると、小さな花を見つけた。白とピンクの小花がついているもので、どことなくハーブにも似ている。
少し摘んで、キャンピングカーに飾ってみるのもいいかな?
花瓶なんてお洒落なものはないけれど、コップに水を入れて活けるだけでも可愛いと思う。問題は、ガタガタ道で揺れたときに転倒しないかどうかだね。
「まあ、きっと大丈夫。キャンピングカーを華やかに!」
ということで、少しだけ花を摘んで、再び歩き出す。
「でも遠くに行くと危ないかも――って、何かいる!!」
目の前の背の高い草むらがガサッと揺れて、今にも何か飛び出してきそうな気配を感じる……!!
ドッドッドッと心臓が早くなるのを感じながら、腰の短剣を構える。大丈夫、私は強くなったから……!!
すると、一匹のスライムが飛びだしてきた。
「スライム!!」
私ははあぁ~~と脱力して、一気に肩の力が抜けた。雑魚ではないか。こんなの、私にしたら朝飯前ですよ。
ぷるぷる揺れる魅惑のボディをあっさり斬りつけると、スライムは光の粒子になって消えた。
「勝利!」
朝からいい運動になった気がする。
ここら辺は魔物が多そうなので、私はキャンピングカーに戻った。
***
精霊のダンジョンに向けてキャンピングカーを走らせているのだけれど――私はといえば、ラウルとおはぎにお説教されていた。
「ったく、起きたらミザリーがいないから焦ったんだぞ?」
『にゃうう!』
「ごめんて~! 二人とも寝てるみたいだったから、起こしたくなかったんだよ。それに、スライムも倒せたんだから!」
一人で倒しちゃったんだよ? スライムとはいえ、私の冒険者レベルもパワーアップしていると考えていいだろう。
そんな風に得意げに告げると、ラウルにため息を吐かれてしまった。
「だからって、何も言わずに行くのはナシ。ここだからまだよかったけど、ダンジョンなんて何が起こるかわかんないんだぞ?」
「う……。これからは気をつけるよ。さすがに、安全が確保されてないところでは散歩なんてできないよ」
謝罪を口にすると、ラウルは「マジで気をつけてくれ」と真剣な顔で頷く。そしてそんなタイミングで、インパネから《ピロン♪》と音が鳴った。
「――!」
「お、レベルアップだな。おめでとう」
『にゃっ』
「ありがと!」
私はキャンピングカーをいったん停めて、インパネでレベルアップの詳細を確認する。
さてさて、レベルアップでどんな進化をしたのかな~?
《レベルアップしました! 現在レベル11》
レベル11 空間拡張
「空間拡張!!」
「空間……? いや、もう驚いても仕方ない……」
さっそくキャンピングカーのチェックだ!
ということで、すぐさま居住スペースへ行く。運転席から行ってみたけれど、ぱっと見で変わっているところはない。
全体的に広くなったわけではなさそうだ。
運転席を後ろに、右手にはいつも通りの簡易キッチンスペース。左手には、ベッドになるテーブルと椅子。
「あ、もしかしてシャワーがお風呂になったとか!?」
そうに違いない!
私は確信めいたものを持って、脱衣所の引き戸を開け、シャワー室もといお風呂になってるであろうドアを開けて――何も変わってなかった。
「ガーン!!」
日本人といったら、お風呂じゃんね……。まあ、キャンピングカーにお風呂、というのはあまり現実的ではないし、贅沢が過ぎるかもしれないけれど……。
でも夢ぐらいは見せて~よよよ。
私の肩に乗っているおはぎがすりすりしてきて、慰めてくれる。
「ミザリー、もしかしてこれじゃないか!?」
「え!?」
『にゃ?』
ラウルの声に、私は勢いよく振り返る。が、そこにラウルの姿はない。どこにいるのだろうと探せば、ラウルがいつも寝ているトランクの小上がりスペースだった。
「え、ドアがついてる!」
『にゃうっ!』
窓の横に、なにやらドアがついているではありませんか。
「開けた……?」
「いや、さすがに勝手に開けるわけにはいかないだろ」
「律儀……」
私はドキドキしながら、新しくできたドアを開けてみる。ゆっくり、中を覗き込むように開けてみると――そこは四畳ほどの部屋だった。
床はフローリング。壁はオフホワイトだけれど、一面だけ水色のアクセントクロスになっていてお洒落だ。白い扉の収納もついていて、よくある個人部屋にもってこいの空間だろうか。
私の肩から落ちたおはぎが、部屋の中を探検している。床の匂いを嗅いで、寝転んだりしている。
「おはぎの順応速度がすごい」
私が感心していると、ラウルが「すごすぎるだろ……」と驚きの声をあげた。
「すごいよね! でもよかった、これでラウルの寝るところができたね~」
「いや、ミザリーの部屋だろ。なんで俺が真っ先に個室を貰うんだ」
「え? あ……」
ラウルには空いたスペースで寝てもらっていたので、それが申し訳ないと思っていた。なので、やっとラウルにも寝る場所ができた~と喜んでしまったが……言われてみれば確かにそうだ。
家主を差し置いて個室をもらうなんて、私だったら無理だ。
「うぅ、じゃあここは私の部屋にさせてもらうよ。ラウルは簡易ベッドを使ってもらっていいかな?」
「十分すぎる」
ラウルが頷いたので、私が個人部屋、ラウルが簡易ベッドということで落ち着いたのだった。
 





