生贄の行方
いったい誰の悲鳴が聞こえただろうか。いや、きっと全員だろう。
キャンピングカーは無事に、先ほどと同じように灰色岩スネークの顔面に体当たりを成功させた。
「よっし!!」
ラウルを轢かず、灰色岩スネークにだけ体当たりをするというミッションが成功した。
慌ててハンドルを切ってUターンしてみると、灰色岩スネークは光の粒子になって消えていくところだった。
……やっぱり主じゃなくて、魔物だよね。
私がほっと胸を撫で下ろすのと同時に、インパネから《ピロン♪》とレベルアップの音がする。けれど、今はそれを確認している場合ではない。
私は急いでキャンピングカーから降りて、ラウルの下へ走る。
「ラウル、大丈夫だった!?」
「ミザリー! 怪我一つしてないから、大丈夫だ。ミザリーこそ、一人で灰色岩スネークに突っ込むなんてすごいじゃないか!」
「いやもう、無我夢中だったんだよ……」
正直に言えば、疲れ果てているのでこのまま座り込んでしまいたいくらいだ。
「あ、灰色岩スネークがいた場所に灰桜の鱗が落ちてる。これは装備の加工に使える素材だから、鍛冶屋と相談するのがいいかな」
「へえぇ、綺麗な鱗だね」
灰色に少しピンクが混ざったような鱗は、灰色岩スネークの名前ににつかわしくないほど美しい。
……でも、仮にもみんなが主と思っていた蛇の鱗をもらってもいいのかな?
鱗を見ながら悩んでいると、宗一と紬、それからおはぎがキャンピングカーから降りてきた。おはぎは私の肩に飛び乗って、お疲れ様というように頬にすり寄ってくれる。
「まさか、大蛇を倒してしまうとは思いませんでした。すごいです、ミザリーさん。これで紬も救われました! ありがとうございます!!」
「宗一! でも、これじゃあ雨が……っ!!」
宗一の顔は晴れ晴れしているけれど、紬の顔は今にも大雨になりそうだ。
魔物を倒したのに一件落着と喜べないのはいただけない。どうしたものかと思っていると、洞窟内に幼い声が響いた。
『そなたたちが、ボクを助けてくれたのか?』
「「「――え?」」」
突然の第三者の、しかもこの場に似つかわしくない子供の声に驚いて声をあげた。
もしかして紬のほかにも先に連れてこられた生贄がいたのだろうか。そう思い紬たちを見るが、「知らない声です」と首を振る。
……村の子供ではない?
訳が分からず警戒を強めていると、声の発信源を突き止めたラウルが「あそこだ!」と叫んだ。
見ると、そこにいたのは小さな――不思議な子供だった。
大きな葉っぱを一枚持った、黄緑色の瞳の男の子。
体の大きさは一メートルほどで、人型をしている。そう言い表わしたのは、その男の子が宙に浮いているからだ。
人間ではないということが、一目でわかる。
和装飾にファンタジーを取り入れたような衣装は、天狗のような印象だろうか。大きなボンボンが胸のところについているのが可愛らしく、高下駄を履いている。
『あの蛇を退治してくれてありがとう。気持ち悪い匂いがして、出てくることができなかったのだ。だが、これで昔のように山と村を見守ることができる!』
男の子がそう告げて手に持った葉で天を仰ぐと、さあああっと黒いくもが立ち込めた。雨雲だ。
『この山は枯れ果てそうではないか。せっかく美しい水源を持っているというのに……』
悲しそうな嘆きの声とともに、ザアアアアアと雨が降り始めた。
まさに恵みの雨ではあるのだけれど、男の子が葉を振っただけで雨が降るとは思わなかった。
……いったい何者なんだろう?
私の疑問を汲み取るように、紬が一歩前に出て跪いた。
「私は南浜村の紬と申します。恐れながら――山神様でいらっしゃいますでしょうか?」
『ああ、いかにもである!』
「「「――!」」」
山神という言葉に、私とラウル、それから宗一が驚いた。
先ほどの主様と違い、雨を降らせたことと不思議な雰囲気からしても、きっと本物の山神なのだろうなと思う。
……というか、空気がピリピリしてる。
あの男の子――山神から発せられる威圧のようなものだ。
『ボクはずっとこの山を守ってきたのに、いつの間にかあの蛇が住み着いちゃってね。臭くて対処できなくて、困ってたんだよ。よく倒してくれたね、大儀であった!』
ラウルが灰色岩スネークは魔物などに対して嫌な臭いのフェロモンを発すると言っていたから、山神にもその匂いが合わなかったのだろう。
『……さて。数日もすれば、山もいつもの状態に戻るであろう。人間の子よ、さらばだ!』
山神はそう言うと、風を纏ってその場から消えてしまった。
その一瞬の出来事に目を瞬かせ、今のは本当に現実だったのだろうか? そう思ってしまったが、降り続く雨にそれが嫌でも現実だったのだと思わせられた。
「えーっと……。主の件も一応は解決したし、村に帰る?」
「「…………」」
紬と宗一に問いかけるも、二人とも口を閉ざしてしまった。
……そうだよね。自分からなると言ったとはいえ、生贄にするような村には戻りたくないよね。
戻ったとしても、村の人たちとの関係はぎこちないものになるだろう。
「灰色岩スネークは倒したとはいえ、本当の山神様が復活されたしその点は問題ないかな? こうして雨も降っているわけだし」
私がなんとかなるのでは? と思ったのだが、ラウルは難しい顔をしている。
「でもそうなると、村では紬さんが食べられたと思ってるんじゃないか?」
「あ、確かに……」
それはそれでよくないのではないだろうか?
さてどうしたものかと考えていると、宗一が決意を秘めた目で紬を見た。
「……俺はまだまだ未熟者で、そんなに強くはない。だけど、紬のことは一番知っているし、誰よりも守りたいと思っている。絶対に幸せにするなんて無責任なことは言えないけど、俺は紬と一緒にいるときが一番幸せだから……だから、村を出て、俺と結婚してください!!」
「宗一……」
宗一の言葉を聞いた紬の目に、じわりと涙が浮かぶ。
嬉しくてすぐさま返事をしたいのに、思うように声が出ない、声にならないみたいだ。それはきっと、歓喜からきているものだろう。
紬は代わりにというように、転びそうになりながらも走っていって、宗一に抱きついた。
「……っ、紬!」
「宗一!」
二人がぎゅっと抱き合った瞬間、その周りだけ雨が止んだ。
「「え……?」」
突然のことに、宗一と紬が戸惑って空を見る。すると、二人の真上だけ雨雲に穴が開いて、朝陽が差し込んできていた。
「……山神様が祝福してくれてるみたいだね」
「そうだな。きっと、二人なら大丈夫だろう」
『にゃ!』




