真夜中の出来事
シャンシャン、リンリンと、何かの鳴る音が不意に耳に届き、私の意識がうつらうつらと浮上した。
「……?」
かすかに聞こえる音は、なんだか不思議な音色だ。
私が自室を出てキャンピングカーの居住スペースに出ると、その音がわずかに大きくなった。その理由はすぐにわかった。テーブルのモニタのスピーカーからも聞こえてきているからだ。
時刻は深夜――丑三つ時とでも呼ぶような時間だろうか。
私がじっとモニタを見ていると、何やら遠くに明かりが映った。橙色のそれは、高級温泉宿で見た提灯の明かりと同じだ。
「こんな時間に、提灯……?」
『にゃうぅ……?』
「あ、ごめんねおはぎ、起こしちゃったね」
おはぎが私の肩に跳び乗ってきたので頭を撫でると、仕方がないなぁとばかりに頬にすり寄ってきてくれた。
「……ミザリー? どうしたんだ……?」
「あ、ラウル。なんだか外の様子がおかしくて……」
「外の……?」
私が戸惑ったような声で告げると、寝ぼけた様子だったラウルは一瞬で覚醒したようで、「何があったんだ?」と真剣な様子でこちらにやってきた。
そしてすぐに、「鈴の音……?」と耳を澄ました。
「外から聞こえてるみたい。それにほら、提灯の明かりも」
「これって、南浜村だよな」
「うん。……でも、特に宴会ともお祭りとも聞いてないし……」
もし宴会を開くのであれば、あの村長が私たちを誘わないはずがないとも思う。
暗闇に浮かぶ提灯の明かりが少し不気味で、夏だというのに私の肩が無意識に震えた。
「……もしかして、紬さんがいなかったことと何か関係があるのかな?」
「宗一さんも紬さんの行き先を知らないって言ってたし、ちょっと怪しいな」
私とラウルは不安になって、様子を窺うために徒歩で村へ向かった。
村に近づくにつれて大きくなる鈴の音は、とても不気味に聞こえた。その理由はきっと、鈴の音だけで、ほかの音――人の声などが聞こえないからだ。
「お祭りなら、騒いでるはずだもんね」
「ああ。……なんか、儀式めいた感じがするな」
ラウルの言葉を聞き、私は確かに……と頷く。
「でも、いったい何の儀式だろう」
建物の陰に隠れながら見ていくと、先頭を歩く屈強な男が駕籠を担いで村長宅の裏にある山へ入って行った。
駕籠についている鈴が鳴っていたようで、音色が山から聞こえるようになる。
……こんな夜中に山の中に駕籠を担いでいくとか、嫌な想像しかできないんだけど!?
嫌な汗が流れるのを感じながら、どうすべきかを考える。
「あの駕籠、何が入ってるんだろうな。……人が乗っても余裕そうな大きさだったな」
「…………」
どうやら私とラウルが考えていることは同じようだ。
「でもでも、人を乗せてこんな夜中に山奥に行ってどうするの? 紬さんが言ってた山の主様の生贄にでもするの……?」
「生贄って、そんな……まさか……。村の人たちは、みんないい人たちだったし……」
「そうだよね? まさか……だよね……? でもそういえば、紬さんは私たちが帰る時期になっても戻ってないかもって言ってて…………」
もしかしたら駕籠に乗っているのは紬ではないのか、という考えが頭の中をよぎる。それはラウルも同じだったようだ。
私たちからサーっと一瞬で血の気が引いていく。
「あの駕籠に乗ってるのが紬さんだったらどうしよう……!」
「とりあえず、追いかけてみるしかないだろ……」
小声で結論を出した私たちがその場を後にしようとしたら、くぐもったような呻き声が聞こえてきた。
何事だと思い身構えたら、すぐ近くにある民家の裏辺りから聞こえてきているようだ。
……必死に助けを求めるようにも聞こえる?
ラウルと顔を見合わせて頷き、声のする方を確認してみることにした。
「「宗一さん!?」」
民家の裏を覗いてみると、縄で縛られた宗一が芋虫のようにうねうねしながら助けを求めてうめき声をあげていた。
私は慌てて口に当てられていた手ぬぐいを外し、ラウルが剣で縄を切って宗一を助け出す。
「大丈夫か?」
「はぁ、はっ……。助かりました。二人とも、ありがとうございます」
「いえ……。でもいったい何事ですか? 昼に村にいたときは、普通だったのに」
『にゃう』
私が理由を問うと、おはぎも心配そうに宗一を見ている。
宗一はぐっと拳を握りしめて、自分が知っていることを教えてくれた。
「お二人と別れたあと、紬の居場所を聞きに戻ったんです。でも、教えてくれなくて……。教えてくれるまで毎日通おうかと思っていたんですが、夜……いつもなら村人全員が寝てる時間に、大人たちが動いたんです」
今までそういったことはなくて、宗一は驚いたようだ。
宗一がすぐにその異変に気づけたのは、紬のことが心配であまり寝付けなかったためだと教えてくれた。
「いつもぐっすり寝てたんで、起きて父さんと母さんに聞いたらすごく驚かれましたよ。でも、何が始まるか教えてもらえなくて……。大人だけで行う大切な儀式だから、留守番をするように言われました」
怪しさしかない宗一の説明に、私の中の嫌な予感がどんどん膨らんでくる。
「それでこっそり窺っていたら、駕籠に乗っている紬を見かけたんです。村から外へ出かけていると言っていたのに、紬がいるなんておかしいじゃないですか。村長がよくない嘘をついているのだろうと、すぐにわかりました。俺はすぐさま紬を取り返そうと、駕籠に突っ込んでいったんですが……まあ、見ての通りです」
「……返り討ちにあったわけだな」
「はい……」
どうやら宗一は手が先に出るタイプのようだ。
「何をする儀式かは、わからなかったってことだよね?」
「だけど、宗一さんを縛っておくくらいだから……きっとよくない儀式なんだろうな」
私とラウルの言葉を聞いた宗一が、ハッとする。
「そうです、早く助けないと……紬がどうなるかわかりません。俺はこのまま追いかけます!! 早く行かないと、見失う!!」
宗一が慌てて走り出そうとしたのを見て、私とラウルは咄嗟に腕を伸ばして着物の裾を掴んだ。
その勢いで宗一がこけてしまったけれど、行かせなかったので結果オーライだ。
私は小さく深呼吸をして、宗一に紬を助け出す提案を口にする。
「私のキャンピングカーなら、すぐに紬さんを助け出せると思う」
「え――?」




