紬と宗一の関係
「おかえりなさい、ミザリーさん、ラウルさん。都はいかがでしたか?」
私たちが南浜村に戻ると、宗一が迎えてくれた。ちょうど蕎麦の配達をしていたようで、おかもちを持って村の入り口近くにいたのだ。
「都はとてもすごいところでした」
「家族へ土産を買って、楽しんできたんだ」
私たちがそれぞれ感想を言うと、宗一は「それはよかったです」と微笑んだ。
「ラウル、宗一さんの持ってるのがおかもちだよ」
「え、あれがおかもち!? 確かに俺が作ったキャンプ道具と雰囲気は似てるな」
おかもちを見ていることに気づいた宗一が、「見ます?」と言っておかもちの蓋板を開けて中を見せてくれた。
中は木の板を一枚差し込み、二段になっている。そこに蕎麦などを入れて配達しているのだと教えてくれた。
「結構シンプルな作りなんだな。でも、参考になった。ありがとう」
「それはよかったですけど、おかもちを持ってるんですか?」
「ミザリーが料理好きだから、似たような感じで調味料とかを入れれる箱を作ったんだ。俺、木工加工がそこそこできるからさ」
村の中を歩きながらラウルが説明すると、宗一はなるほどと頷いた。
「俺は不器用だから、自分で作れるラウルさんが羨ましいよ」
「そうか? 俺は蕎麦を打てる宗一さんの方が尊敬できるけどな」
蕎麦の虜になったラウルにとって、蕎麦を打てる宗一はいつの間にか尊敬する人物になっていたようだ。
宗一と話をしながら、紬の家――村長の家までやってきた。
宿泊するかどうかはさておき、戻ってきた挨拶はしなければと思ったからだ。ちょうど出てきた村長に声をかけると、「おかえり!」と出迎えてくれた。
「もう都に行ってきたのかい?」
「はい。とっても楽しかったですよ」
「それは何よりだ」
私とラウルが楽しめたことを伝えると、村長は嬉しそうに笑ってくれた。
「そういえば、二人はあとどれくらい滞在する予定なんだい?」
「あ……あまり考えていなかったです。でも、次の満月の道ができたら……かなぁ?」
私は村長に応えつつ、疑問形でラウルに顔を向ける。
とはいえ、満月になるのは三〇日に一日程度と、次の満月まではかなり日数がある。それをずっとここでお世話になるのはさすがに図々しいし、気づかれもしてしまう。
「俺も次の満月でいいと思う。でも、結構日数があるな……」
……どうせなら、ときおり食料を買いに村に来て、どこかでキャンプ生活するのがいいかな?
なんて私が考えていると、ラウルも「もっと島のいろいろな所に行ってみるのはどうだ?」と提案してくれた。
「都に行くまでも景色を楽しんだりしたけど、南北の海沿いに行って魚釣りをするのも楽しそうだなって思ったんだ」
「いいね、それ」
しかも今は夏なので、水着はないが多少海に入って遊ぶのもいいかもしれない。
私たちがそんな話をし出したら、村長はとても驚いた。
「ラウルはまだしも、ミザリーは女の子だろう? そんな無理はせず、気にせず我が家に泊まって行きなさい。子供が遠慮なんてするものではないよ」
「いえ、遠慮なんてしていないですよ。私が冒険が大好きなだけですし、今までも冒険者としてそうやってすごしてきたんです」
「しかし……」
問題ない旨を伝えたけれど、村長から見たらまだまだ子供の私は心配らしい。
……よそ者の私のこともこんなに心配してくれるなんて、優しい人だ。
「村長の気持ちだけいただいておきます。ありがとうございます」
「……そうか。冒険者だと言ったのに、私こそ無理に言ってすまなかった」
「いえいえ! お心遣いは嬉しいですから」
ひとまず今日から自分たちで住処はどうにかするということを伝え、引き続き村の商店などで買い物したりすること快諾してもらった。
「そういえば、紬さんはいらっしゃいますか? 帰ってからまだ会っていないので、挨拶をできればと思ったんですけど……」
軽く屋敷の奥を見ながら聞いてみると、村長は「出かけているんですよ」と告げた。
「所用があるので、しばらくは戻りません。せっかく来ていただいたのに、すみません」
「そうなんですか……。次の満月までに会えたらいいんですが……」
私が自分の帰りのスケジュールを告げると、村長は難しそうに首を振る。どうやら村内にいるのではなく、どこかへ出かけているようだ。
……戻るのが先みたいだから、もしかして都とか遠くの集落に行ったのかな?
もし知っていればお世話になったお礼にキャンピングカーに乗せてあげることもできたのにと、私は知らなかったことに肩を落とした。
「紬さんに会えなかったのは残念ですが、今日はこれで失礼します。商店で買い物をしたら、村の外を見て回っててきとうなところで野宿を楽しもうと思います」
「こちらこそ、戻ってきていただいたのにすまなかった。何かあれば、いつでも我が家を頼ってくれて構わないよ」
「「ありがとうございます」」
『にゃ!』
挨拶を終え、私たちは村長の家を後にした。
「紬さんに会えないのは残念だったな」
「うん。山葵が美味しかったお礼も伝えたかったんだけどねぇ……」
そして可能なら山葵を購入できないか聞こうと思っていたのに。
「ええ……。俺、山葵はもういいよ。ミザリーはよく食べられるなぁ……」
「なんだ、ラウルさんは山葵が駄目なのか?」
ラウルが嫌そうに顔をしかめたら、宗一が笑う。
「山葵が駄目なんて、お子様だな」
「えええぇ……。でも、なんかミザリーにもそんなこと言われたな。……くそう、やっぱりもう少し訓練するか……」
どうにかして苦手を克服せねばと、ラウルがちょっと意気込み始めた。
……でも、別に山葵は食べられるようにならなくてもいいと思う。
これが野菜全般苦手ですとかだったら、私も克服した方がいいとは思うけれど、そうじゃないからね。
「そうだ、裏山の山葵をちょっと見てもいいか? 育ててるところを見た方が、美味しく食べられると思うからさ」
「ああ、いいですよ」
宗一に付き合ってもらい、私たちは先日見た山葵を育てている場所にやってきた。湧き水がちょろちょろ流れて、大きな山葵の葉が目に留まる。
……あれ、なんかこの間と違うような……?
ちょっとした違和感のようなものを覚えたけれど、明確に何が違うかはわからなかった。もしかしたら、気のせいかもしれない。
「この状態の山葵なら、なんとも思わないんだけどな……。おろしたら鼻がやられるんだよな……」
「それはもう慣れるしかないですね」
「宗一さんはどうやって克服したんです?」
「俺は……子供の頃から見慣れた食材でしたし、山葵の辛さに少しずつ慣れていった感じですかね。まずは本当にちょびっとの量を、料理に使うところから始めてみるといいですよ。生食より、加熱した方が鼻にツンと抜ける匂いも落ち着きます」
「それなら俺でもいけるかもしれない……。やってみます、ありがとうございます! そうと決まれば、今日の夕飯はちょい山葵だ……!」
ラウルが夕飯から山葵克服トレーニングをするみたいで、燃えている。
……うーん、それなら山葵茶漬けとかがいいかもしれないね。
商店で鮭を買って焼いて、海苔も売っていたからそれを刻んで乗せればお手軽に作ることが可能だ。
「よしっ、ラウルの山葵克服のために私も頑張っちゃうよ!」
「サンキュー、ミザリー!」
私たちが盛り上がりを見せていると、宗一が羨ましそうにこちらを見た。
「宗一さん、どうしたんです?」
「……さっき、紬が出ていると言ったじゃないですか。実は俺、何も聞いてなくて……」
「え、そうだったんですか?」
紬と宗一は仲がよさそうに見えたので、何も言わずに紬が長期間出かけるとは思わなかった。
「なんとなく、二人は恋人同士かと思ってましたよ」
だけど長期の不在を知らせないのであれば、それはない。私が冗談めいた感じで告げたら、宗一がわっと恥ずかしそうな声を出して両手で顔を覆った。
「ななな、なんで俺と紬が恋人同士だってわかったんです!?」
どうやら当たりだったようだ。
「いや、なんとなくの雰囲気で?」
「そうだったのか。……でも、だったらひと月も黙って不在にしたりしないんじゃないか?」
「………………ですよね?」
何も知らなかった宗一は、どうして知らせてもらえなかったかわからず困惑しているようだ。こんなの、私だとしても戸惑うよ。
「うーん……。私たちはよそ者なので教えてもらえないかもしれませんけど、宗一さんなら村長さんに聞いてみたら教えてもらえるんじゃないですか?」
「いや……。俺は恋人として認めてもらえてないんだ」
「え……っ」
突然の重い告白に、私はなんてフォローすればいいかわからずラウルを見てしまう。が、ラウルも私と同じで困り顔だ。
「村長は、都の偉い人と紬を結婚させたいんだ。俺みたいな蕎麦屋の息子は、相応しくないと思ってる」
「「ええっ!?」」
宗一の言葉に、私とラウルは驚いた。
村長はとても優しそうなおおらかな人で、そんなことを言うなんて……と驚いたからだ。
しかし同時に、父親として娘にはよいところに嫁いでもらいたい気持ちや、村と都のつながりを作らなければいけない村長の役目などもあるのかもしれない……と思ってしまう。
……権力者の娘に生まれるのも、大変だね。
「でも、紬のことは心配だから聞きに行ってみるよ。ごめんね、二人に愚痴みたいに……」
「全然! 気にしないで下さい。紬さんのこと、何かわかったら教えてください」
「俺たちも旅立つ前に挨拶したいからな」
「わかりました」
宗一にエールを送り、私たちは南浜村を後にした。




