高級温泉宿を堪能!
買い物をしているうちに、だんだんと辺りが暗くなってきた。
まだ地理に詳しくないので、早く宿に行った方がいいだろう。私とラウルが足早に向かっていると、前方から光が見えた。
「ん? 急に明るく……って、なんだあの建物」
「うわっ、すごい……高級温泉宿だ!!」
私たちの前に現れたのは、豪華絢爛な建物だった。
敷地の手前から両サイドに提灯がならび、周囲を照らしている。入り口の前には従業員がいて、上品な客を迎え入れている。
温泉宿の手前に流れる川から湯気が昇っていて、温泉を流しているのだろうということがわかった。
まるで某アニメ映画に出てきた温泉宿のようだ。
中に入ろうとすると、入り口の従業員が「いらっしゃいませ」と案内を申し出てくれた。
「本日ご予約のお客様でいらっしゃいますか?」
「いえ、特に予約はしていないです。もしかして、空き室はありませんか?」
都に着てすぐ、宿を取るべきだったと今更ながらに後悔する。島国で都以外の村や集落が少ないため、宿が混んでいるとは思ってもみなかった。
私とラウルは失敗した……と顔を見合わせる。
……だけどこんなに豪華な温泉宿なら、同じ都に住んでても利用したくなるよね。
しかも温泉だってあるのだから、療養しに来る人もいるかもしれない。
従業員は「さようでございましたか」と微笑んだ。
「当日のお客様のお部屋も少しですがご用意しておりますので、すぐに確認いたしますね」
「お願いします」
温泉宿の受付は、豪華な赤い絨毯が敷かれていた。
同じ浴衣姿の人が多くいるので、館内着の貸し出しがあるのだろう。こういうところが温泉宿の醍醐味でもある。
案内されて受付で確認をしてもらうと、まだ空きがあったようでほっと胸を撫で下ろす。
「最後の一室が二人部屋でよかったです。すぐにご案内させていただきますね」
「「えっ!?」」
二人部屋、最後の一室という言葉に、私とラウルは声をあげる。
今までそれぞれ個室を取って宿に泊まっていたので、同室にする予定はまったくなかった。
……キャンピングカーでは同じ空間で過ごしてはいるけど……。
外泊で同室は、また意味合いが違ってくるのでは!? と、焦ってしまうわけで。
私が悩んでいるのに気づいたラウルが、「ほかにも宿ってありますか?」と従業員に聞いてくれた。
「都の宿は、当宿だけです。外から客人が多く来る場所ではありませんから」
「あー、そうですよね」
従業員の言葉にラウルががっくり項垂れ、私にこっそり耳打ちをしてきた。
「俺はどっかで野宿するから、ミザリーが宿に泊まってくれ」
「え!? それなら私が野宿するよ! キャンピングカーがあれば安全だし」
「それだと都から出ないといけないだろ?」
どうやらラウルは都の中でどうにかして夜を明かすつもりらしい。でなければ、再び通行料が掛かるということもあるだろう。
私はすぐに首を振る。
「さすがにそれは許可できないよ。初めて来た都の夜に、ラウルをほっぽり出すなんてとんでもない!!」
「いやいや、ミザリーをほっぽり出す方がとんでもないだろ?」
まるで私を落ち着かせるようなラウルの言い分に、「む~~ん」と唸って名案がないか頭を働かせるが……解決策なんて一つしかないに決まっている。
「よし、一緒の部屋にしよう。どっちかが野宿になるよりマシだし、キャンピングカーだってレベルアップするまで個室はなかったんだから」
「ちょ、ミザリー!?」
「大丈夫!」
キャンピングカーの生活となんら変わらないと、私は自分に言い聞かせる。
「二人部屋で構わないので、お願いします」
「かしこまりました。では、ご案内させていただきますね」
部屋までの道中で、従業員が温泉宿の説明をしてくれる。
「当温泉宿は歴史ある建築物で、創業一三六年でございます。温泉の効能は美白を謳っておりますが、療養される方も多くいらっしゃいます。お部屋にそれぞれプライベート温泉がついているほかに、五階が大浴場になっておりますので、ぜひご堪能いただければと思います」
「部屋に温泉がついてるなんて、すごいですね」
「ゆっくりくつろぎたいお客様がおおいことから、すべての部屋にご用意しているんですよ」
やはり高級温泉宿だけあって、私たち冒険者が普段使う宿とはコンセプトから違うようだ。
のんびり温泉に浸かってゆっくりする、なんと贅沢だろうか。
大きな窓からすぐ裏手の山が見え、暖色の明りが見えた。どうやら山にも提灯か飾られているようで、その景色が見えるようになっているらしい。
そんな景色を見ながら廊下を歩き、案内されたのは三階の部屋だった。
「こちらをお使いください。何かありましたら、魔導具でお知らせくださいませ」
「わかりました。案内ありがとうございます」
私がお礼を言うと、従業員は礼をして下がった。
案内されたのは、一〇畳ほどの和室だった。
入ってすぐ左手にトイレと洗面所があり、奥の窓の向こうにはプライベート温泉が完備されている。
掛け軸が飾られ、花が活けられていて、とても風流だなと思う。
窓から見えるのは提灯の明りが見える山々で、景観も素晴らしい。
「すごい部屋だな……。あ、これがプライベート温泉か!」
ラウルが部屋を見回しながら中に入り、窓から外を見ている。窓の横にはドアがあり、そこから外に出られるようになっている。
温泉に入るときに利用するドアだろう。私は遠慮なくドアを開けて、一歩外へ出てみた。
「ベランダが温泉になってるんだね。すごい、いい景色!」
『にゃうっ』
プライベート温泉は源泉かけ流しで、すぐにでも入ることができるようになっている。
「前に、おはぎと一緒に森の温泉に入ったねぇ」
『にゃぁ』
おはぎは覚えていたのか、嬉しそうに声をあげた。
「せっかくだし、ミザリーとおはぎで先に入ってこいよ」
「え? いいの」
「ああ。ゆっくりしてくれよ」
私はお言葉に甘えることにして、おはぎと一緒に先に温泉に入ることにした。
部屋に備え付けられているタンスから浴衣とタオル類を持ってベランダに出ると、つい立てと棚が用意されていた。
窓には、外から閉めることができるカーテンも用意されている。
……これなら安心して入れそう。
いや、決してラウルが覗くかもとか、そういうことを思っているわけではなくてですね……!!
『にゃうにゃう!』
「あ、待ってよおはぎ!」
私がもだもだしている間に、おはぎが嬉しそうに温泉へ向かっていく。猫は水が苦手とはよくいうけれど、おはぎはむしろ好きな部類だ。
外に行くことが多くて、体を洗う頻度が高いのも理由の一つかもしれない。
『にゃふぅ』
「あ、こら! 先に体を洗ってからだよ」
『にゃにゃっ!』
乳白色温泉に飛び込んで気持ちよさそうにしたおはぎをすぐさま抱き上げて、私はおはぎの体を石鹸で洗っていく。
今日もなんだかんだ外に出ていたので、温泉前に洗うのは必須だ。
「洗わせてくれていい子だね、おはぎ」
『にゃふ』
私がくるくるマッサージするように洗っていくと、おはぎの顔はすぐにとろけてゴロゴロと喉を鳴らす。
……一流のマッサージ師になった気分だ。
「どこかかゆいところはございませんか、お客様」
なんて言ってしまう。
「っと、洗えたかな? おはぎ、泡を流すね」
『にゃあっ』
丁寧におはぎについた泡を洗い流せば完了だ。
私は自分の体も洗い、おはぎと一緒に温泉に浸かる。
「は~~、気持ちいい!」
『にゃふ~』
私とおはぎの声が重なった。
おはぎの言葉はわからないけれど、きっと『極楽極楽』と気持ちよさそうにしているに違いない。
乳白色の温泉に肩までつかり、ぱしゃりと顔にかけてみる。これで温泉から上がれば、ツルツルの卵肌になっているに違いない。
「あ、満天の星空だ」
山の提灯に気を取られていたけれど、夜空も絶景だった。
ああ、いつまでもここに泊まっていたい……なんて、そんな贅沢なことを考えながら温泉を堪能した。




