蕎麦とうどんの食べ比べ
南浜村を出て東に進んでいく。
のどかな田舎の風景がずっと続いていて、ときおり動物が近くを通り過ぎる。あれはタヌキだろうか、それともアライグマだろうか?
「あ、キツネだ!」
田舎道にひょこりと顔を出したキツネに、思わず声をあげた。
「キツネって、初めてみた。なんか可愛いな」
「うん。耳が猫に似てるし、可愛さ倍増してる気がする!」
猫推しの私はキツネも推せそうだ。
道すがら見かける動物の話をしながら走っていると、最初の集落が目に入った。
一〇世帯にも満たないくらいの規模で、近くには田畑がある。少し先には養鶏場と牛舎があり、小規模だが農業と畜産を行っていることがわかる。
集落に寄る予定はないので、私はカーナビで近くに人が出て来ていないことを確認しつつ、そっと通り過ぎた。
三時間ほど走ったところで、私は草原に入ってキャンピングカーを停めた。そろそろ休憩兼お昼ご飯の時間だ。
「昼飯はどうする? 俺が作ってもいいけど……」
「宗一さんにもらった蕎麦とうどんで食べ比べしてみるのはどうかな!?」
「賛成!」
私の提案に、すぐラウルが頷いてくれる。
「それに、そろそろ野菜の収穫もできると思うんだよね。もしオクラが使えそうだったら、蕎麦に入れたいと思って」
「わかった、見てくる」
すぐに了承してくれたラウルが、菜園スペースに確認しに行ってくれた。
「その間に、私はお蕎麦とうどんの準備だ!」
『にゃっ!』
キッチンに置いていた蕎麦とうどんを取り出すと、一気に蕎麦の香りが広がる。均一の太さに揃えられた蕎麦は、宗一が上手くできたと言っていただけあるだろう。
お鍋たっぷりにお湯を沸かしていると、ラウルがオクラとトマトを持って戻ってきた。どちらもちょうど収穫できたみたいだ。
「じゃじゃーん! キャンピングカー菜園大成功だ!」
「おお、すごい! やっぱり苗で購入したのもよかったよね」
「ああ。種から育てようとすると、難易度が上がるし大変だからな」
ラウルは頷きつつ、「下ごしらえはどうする?」と聞いてきた。
「オクラは茹でてから切る予定。トマトは生のまま、さいの目切りにしてもらってもいい?」
「任せろ」
私が蕎麦とうどんに取りかかっている間に、ラウルがオクラとトマトの下ごしらえをしてくれる。
二人で料理をすれば効率が上がって早く完成するし、いいこと尽くしだ。
……冷やし蕎麦と、あったかい卵とじうどんにしようかな?
「ラウル、小葱も細かく切ってもらっていい?」
「おう!」
「あとお蕎麦には山葵も添えちゃおう」
せっかくいただいた新鮮な山葵! ここで使わずどこで使うのかと、私はワクワクしながら冷蔵庫から必要なものを取り出していく。
「その山葵も切ればいいのか?」
山葵の使い方を知らないラウルは、「さいの目か?」と言って手を伸ばす。どうやらそのまま切ろうとしているみたいだ。
紬から、山葵と一緒におろし板も譲ってもらったので、それをラウルに渡す。
「山葵は切るんじゃなくて、すりおろしにするんだよ」
「へえぇ、齧って食べたりするんじゃないんだな」
ラウルは「わかった」と言って、山葵を洗っておろし板ですり下ろし始めた。――が、すぐに「うっ」とうめくような声をあげて山葵から顔を逸らした。
「なんだこの香り!! ツーンとして、めっちゃ鼻の奥にくるぞ!? もしかして、腐ってるんじゃないか!?」
初めてかぐ山葵の香りに、ラウルが大ダメージを受けている。
私は笑いながら山葵を手に取って、「これがいい香りなんだよ」とラウルの代わりにおろしていく。
……はあ、すっごく新鮮な香り!
前世のスーパーで購入していたチューブの山葵とは段違いだ。この山葵を添えて食べるお蕎麦が楽しみで仕方がない。
私がうっとりした様子で山葵をおろし終わると、ラウルは信じられないというような顔をしている。
「本当にそれを食うのか? あ、熱したら美味しくなる……とか?」
「山葵は生のままだよ。……味見してみる?」
「え、いや、えっと、どうしよう……?」
私が味見を勧めるといつもは飛びついてくるラウルが戸惑いを隠せないでいる。それがちょっと面白くて、私はスプーンにほんのちょびっとだけ山葵を乗せてラウルに渡す。
「子供は嫌いって子が多いけど、大人は好きな人が多いと思うよ?」
「まじか……」
「でも、駄目そうだったら無理しなくていいと思う」
一応スプーンを受け取ったラウルが、匂いをかいで山葵をどうすべきか悩んでいる。
私はその隙に茹でた蕎麦とうどんをしあげてしまう。
冷やし蕎麦はオクラとトマトを乗せて、真ん中に卵の黄身を乗せる。私の分は横にちょんと山葵を添えて、冷蔵庫で冷やしていたつゆをかけたら完成。
うどんは混ぜた卵を入れてからめ、器によそって上から小葱をかければ卵とじうどんの完成だ。
ちなみにおはぎはいつも通りの鶏肉である。
「よーし、完成!」
……あとはラウルの冷やし蕎麦に山葵を添えるかどうかだけど……。
そう思ってラウルを見ると、まだ山葵の乗ったスプーンとにらめっこをしていた。
「ラウル、ご飯できたよ?」
「え、もう!? くっそー、男は度胸だ!!」
ラウルはそう叫んだあと、ぱくりとスプーンを咥えてみせた。そしてそのまま声にならない声をあげ、しゃがみこんでしまった。
「「いただきます!」」
『にゃっ!』
ラウルが山葵から立ち直ったので、昼食の蕎麦とうどんの食べ比べ。オクラとトマトの冷やし蕎麦と、卵とじうどんだ。
ちなみにラウルは涙目になりつつそっと山葵を辞退した。残念。
テーブルの上に置かれた湯気の立つうどんを見て、私はさっそくいただいた。
……うどんも久しぶり!
ちゅるりと食べると、弾力のあるこしともちもち感で一気に口の中が幸せになる。
前世時代、夜食でよくこの卵とじうどんを食べていたことを思い出す。蕎麦も好きだけれど、実は私はうどん派なのだ。
「おいし~!」
『にゃうっ』
私とおはぎがもりもり食べるなか、ラウルは慎重に箸で蕎麦を掴んでいる。昨日より、ずっと上達しているのに驚いた。
器用に蕎麦を食べるラウルを見て、箸の扱いを褒める。
「いい感じに使えてるね。マスターするのもすぐかも!」
「へっへ、イメトレしたからな」
ラウルはドヤっとトレーニングを教えてくれたけれど、イメトレだけでこんなに上達するのはラウルの才能とセンスだろう。
今日の蕎麦はオクラが入っているので粘り気があるのだけれど、ラウルはそれが気に入ったようで、「美味いな、これ!」と一気に食べてしまった。
「いろんな具材を乗せられるって、万能食材だよなあ」
「そうだね。冬になったら、このうどんみたいに温かくすることもできるよ」
蕎麦の食べ方、無限大だ。
ラウルは感心した様子で、うどんにも手を付けた。シンプルな味わいともちもちした弾力に、「これも美味いな」と笑顔をみせる。
「だけど俺は、蕎麦派だな」
「え、私はうどん派だよ!」
「蕎麦はこんなに美味いのにか!?」
私の言葉に驚いたラウルは、蕎麦とうどんの器を見比べる。「絶対蕎麦だろ……」と呟いているので、よっぽど気に入ったらしい。
「でもせっかくなら、昨日食べた天ぷらと一緒に食べたいよな。あれ、サクサクしてて美味いし、蕎麦のつゆにつけるともっと美味いんだ」
「あ~、天ぷらそばは美味しいよね。でも、天ぷらはうどんにも合うから! また今度食べよう!」
「天ぷらも万能なんだな。でも、あのサクサクのはどうやってるんだ? 作り方を教えてもらえるといいけど」
からあげなどの揚げ物料理はあるが、天ぷらは今まで見たことがない。恐らく瑞穂の国の独自文化なのだろう。
「大丈夫、作り方なら知ってるから! 季節の野菜とかで、作ってみよう」
「おお、やった! 楽しみだな」
南浜村の商店でてんぷら粉も買ってあるので、ゆっくり食事ができるときにでも作ってみようと思う。
私たちは蕎麦とうどんの美味しいところを語りあいながら、昼食を終えた。




