裏山のあれ
翌日、私たちは再び紬に案内をお願いした。
今日の目的は二つ。
裏の山にあるあれが何かを教えてもらうこと。驚くような食べ物らしいので、私はワクワクしている。
もう一つは、宗一の家がやっている蕎麦屋で蕎麦を分けてもらうことだ。
「昨夜は眠れましたか? お父さんたちが、遅くまで外で宴会をしていたでしょう……?」
「大丈夫ですよ」
紬が本当に申し訳なさそうにして、「いつもああなんですよ」と言う。
確かに外からどんちゃん騒ぎの声が聞こえてはきたけれど、楽しそうだったし、一応は私たちをもてなすための宴会なので文句はない。
「眠れたようなら、よかったです。今日は、裏の山の食材が気になっているんでしたよね? これは、うちの家が管理してるんですよ」
屋敷をぐるりと回って裏側に行くと、山からチョロチョロ水が流れていた。どうやら湧き水のようだ。
「綺麗な水ですね」
「ええ。……この水は村の自慢なんですよ。料理にも使われていますから」
「いいですねぇ」
流れてくる湧き水の横は木の板が敷いてあって、ちょっとした道になっていた。
紬が先頭を歩き、私と肩に乗ったおはぎ、ラウルの順で続いていく。天気はいいけれど、木の葉がちょうどよい木陰を作ってくれていて心地よい。
「なんだか静かな森ですね。落ち着きます」
避暑地によさそうだと思いながら私が告げると、紬はコクリと頷いた。
「ええ。この山には魔物がいないので、子供たちの遊び場としてもいいんですよ」
「え!? 魔物がいないんですか? それはすごいですね……」
多かれ少なかれ、魔物はどこにでも存在するものだ。
草原などは弱い魔物しか生息しないこともあるけれど、山や森に魔物が出ないという話は今まで聞いたことがない。
それはラウルも同じだったようで、紬の言葉に驚いている。
「でも、それって……すごく強い魔物がいるとか、そういうんじゃないか……?」
「――!」
絶対王者のような魔物がいたら、確かに格下の魔物はこの山以外のところに行くかもしれない。
ラウルの予想に、私は嫌な汗が湧き出るのを感じた。が、紬は「そうではないんですよ」と落ち着いた声で理由を教えてくれた。
「この山には、主様が住まわれているんです。主様が守ってくださっているので、魔物が出ないんですよ」
「主様が守ってくれるなんて、すごいですね」
神様のようなものだろうか。
……確かに日本は山に神様がいる、みたいな話はよくあるよね。
私がすんなり頷いたのを見たラウルが、「へえぇ」と声をあげた。そういうものもあるのかと納得したようだ。
「その主様が守ってくださる場所で、私たちは――山葵を育てているんです」
「山葵ですと!?」
紬がそう言って両手を広げた先には、綺麗な湧き水でたくさんの山葵が栽培されていた。
湧き水の通り道が段々畑のようになっていて、青々とした立派な葉が一面に広がっている。きっと立派な山葵が収穫されるのだろう。
「わさび?」
『にゃ?』
私のテンションがギュインと急上昇するが、ラウルとおはぎは意味がわからずこてりと首を傾げた。
今まで辛い食べ物といえば唐辛子類しか見かけなかったので、山葵はとても貴重だろう。まさかこの世界で再び味わえることになるとは。
「あら、もしかしてご存じでしたか?」
「存じていました……!」
ぜひともいただきたい。
山葵は薬味にピッタリなので、蕎麦と一緒に食べたいし、お刺身とも一緒に食べたい。夢が膨らむ食材だ。
紬はふふっと笑うと、「わかりました」と頷いた。
「では、お土産に山葵を用意しますね。ぜひ味わってください」
「ありがとうございます!!」
「ありがとうございます?」
『にゃう』
ラウルにはあとでじっくり山葵の美味しさを堪能してもらおう。私はラウルに料理で使うことを約束した。
あれの正体が山葵だとわかった私たちは、宗一の実家がやっている蕎麦屋へ連れてきてもらった。
カウンター席が五席、四人掛けの座敷が四席の落ち着いたお店だ。
「こんにちは」
紬が一番に入ると、店の手伝いをしていた宗一がぱっと顔を輝かせた。
「紬! あ、ミザリーさんに、ラウルさん」
「こんにちは。お蕎麦がほしくて来ちゃいました」
「昨日の蕎麦、すごく美味しかったです」
私とラウルが褒めちぎると、宗一が照れたように笑う。
「そう言ってもらえて嬉しいな」
宗一はすぐに蕎麦と、さらにうどんまで持ってきてくれた。
「店では出してないんだけど、家で食べるようにうどんもあるんだ。よかったら持って行ってよ」
「うわあ、嬉しい! ありがとうございます!!」
蕎麦だけでも嬉しいのに、まさかのうどんまでゲットできてしまった。これはあとで食べ比べ大会を開催するしかない。
「紬もよかったら持っていって」
「え? でも……」
「実はこれ、俺が打ったやつなんだ」
宗一は照れながら「かなり上手く打てたと思う。自信作!」と教えてくれた。
「じゃあ、夕食にいただきますね。ありがとう」
「どういたしまして。紬に食べてもらえるのが一番嬉しいんだ」
二人してにこにこしているので、私はおやおやぁ? と二人の関係にあたりをつける。仲良きことは良きかな。
私がによによと二人を見ていると、紬がハッとして「行きましょう!」と声を上げた。顔が赤くなっているので、恥ずかしかったようだ。
「ミザリーさんたちは、もう村を出発するんですよね?」
「はい。観光がてら、島を回ってみようと思ってます。ね、ラウル、おはぎ」
「ああ。いろいろなところを見て回りたいからな」
『にゃうっ』
私の返事に紬が頷き、南浜村の外のことを教えてくれた。
「最東端にある都は、賑やかなので、ぜひ行ってみてください。道中には村がないのですが、集落がいくつかあります。ただ、お店はないので気をつけてくださいね」
「わかりました」
カーナビで見てわかってはいたけれど、やはり都まで村や街などはないようだ。
しかし島がそれほど大きくないし、この村の商店では食料の買い物ができる。道中にお店がなくても、とくに問題はないだろう。
私たちは紬と宗一に見送られ、都に向けて出発した。




