歓迎の宴
紬の家である村長宅は、裏が山になっていた。
家の裏手から山に登れる道があるようで、すぐ横には湧き水が流れているのが見える。のどかで自然が綺麗な村だ。
さすがは村長宅というだけあって、村で一番大きな屋敷だった。
立派な瓦屋根の母屋のほかに、離れと蔵も敷地内にある。お手伝いと思われる女性がせっせと働いているのも目に入った。
庭先では紬が言っていた宴会の準備がされている。
大きなテーブルをいくつか並べ、その上にたくさんの料理が置かれている。鳥をまるごと使ったものもあり、歓迎してくれていることがよくわかった。
「すごいな……」
「ここまでしてもらったら、申し訳なくなっちゃうね」
私とラウルは顔を見合わせてそんなことをついつい話してしまう。
すると、私たちが様子を窺っていることに気づいた紬が青年を伴ってこちらにやってきた。
「ミザリーさん、ラウルさん、おはぎちゃん!」
「紬さん! 今晩はお世話になります。……宴会の規模が想像以上にすごくて驚いているんですが、本当にいいんでしょうか……」
こちらも何か提供すべきでは? と相談してみるも、紬は首を振ってクスクス笑う。
「どんちゃん騒ぎの口実がほしいだけですから、大丈夫ですよ」
「そうです。男性陣は、朝方まで酒を飲んで騒ぎますからね」
紬と一緒にいた青年が、普段の宴会の様子を補足してくれる。
……いったい誰だろう?
私の視線に気づいた青年が、慌てて「失礼」と口を開いた。
「俺は宗一。この村の蕎麦屋の息子です」
「蕎麦……!?」
思わず蕎麦に食いついてしまい、私は慌てて自己紹介をする。
「私は冒険者のミザリーです。すみません、お蕎麦を食べたいと思ってたので、思わずくいついてしまいました……」
「俺は冒険者のラウルです」
『にゃにゃっ』
「この子はおはぎです」
蕎麦への熱い思いを説明しつつ、おはぎのことも紹介した。
南浜村の蕎麦屋の息子、宗一。
穏やかな青の瞳と、ストレートの黒髪から優しい印象を受ける。年の頃は紬より少し上の、十代後半くらいだろうか。
グレーの着物がさらに落ち着いた印象を見せているのかもしれない。
すると宗一は感心したように、私たちを見る。
「旅の人は、滅多にこないんですよ。うちの村からサザ村へ行く若者はたまにいますけど、こんな島国に来たい人はそうそういないですからね」
「ああ、私は食べ物を目当てにここへ来たんです」
冒険者にお米をもらった話をし、それを求めてここにきたのだ――と。
「その執念はすごいですね……」
「あはは……」
ものすごく驚かれてしまったが、仕方がない。
宗一はふっと笑うと、「でしたら」と宴会場に視線を向ける。
「蕎麦も持ってきていますので、ぜひ召し上がっていってください。気に入っていただけたら、少しなら蕎麦もお分けできますよ」
「本当ですか!? 嬉しいです!!」
私が食い気味に返事をしたので、さらに宗一に驚かれてしまった。
……よーし、お蕎麦ゲットだぜ!
「今日は珍しいことに、旅の冒険者の方が我が南浜村に来てくださった! ミザリーにラウル、それから猫のおはぎだ」
「初めまして、ミザリーです。こんなに素敵な場を用意していただきありがとうございます」
「ラウルです。冒険者をしながら、いろいろな街へ足を運んでいます」
『にゃっ』
私とラウルとおはぎは紬の父――村長の横に立って、簡単に自己紹介を行った。
集まった村人はざっと二〇〇人を超えているので、どうにも緊張してしまう。私が作り笑いで早く挨拶が終わることを祈っていると、村長が一歩前に出た。
「久方ぶりの客人だ。もてなしの宴を存分に楽しんでいただこう!」
「「「おおおぉ~!」」」
村長が宴会の開始を告げた。
「ねぇねぇ、どこから来たの? 満月の道を通ってくるなんて、すごいわ! とっても大変だったでしょう?」
「私の兄がサザ村へ行ったのよ。元気にしてるといいのだけれど……」
「外の人は、面白い服をきているのね。不思議な作り」
「格好良い人がたくさんいるって聞いたわ!」
宴会が始まると、村の人がどっと押し寄せてきた。
話題はこの国の外のことで、どんな場所なのかとか、衣服はどうなっているのかなど、知りたいことがたくさんあるようだ。
「砂漠を越えて、サザ村の満月の道から来たんです」
「「「すごい!」」」
外の世界に興味があるのは、比較的若い人が多いようだ。
女の子にはドレスのような可愛い服のこと、男の子にはラウルが冒険の話をしてあげた。みんな顔がワクワクで、楽しそうに聞いてくれる。
「私はこの国の食料が気になってるんだけどね」
「ええ、うちの国の? ミザリーの話を聞いてる限り、絶対に外の方が楽しそうじゃない」
「食べ物は美味しいにこしたことはないけれど……あ、あれは食べたかしら」
一人があれと告げて、村長の家の裏の山へ視線を向けた。
「あれって?」
山を見たということは、きっと山で採れる何かだろう。
松茸、自然薯、山菜などが脳裏をよぎる。どれも美味しそうなので、食べられるならぜひいただきたいところだ。
「明日、紬に案内してもらうといいわ。夜の山は恐いから」
「そうだね、そうしてみる」
「それがいいわ! あれは外にないっていうから、ミザリーも驚くと思う!」
あれが何かまだ見当がつかないけれど、明日の楽しみが一つ増えた。村を出発する前、紬に案内をお願いしてみよう。
村の人たちの質問攻撃をどうにかし、私とラウルはやっとこさ料理の前にやってきた。
私の目的は、宗一が言っていた蕎麦だ。
「見たことない料理が多いな」
ラウルはテーブルの上を見ながら、何を食べようか考えているみたいだ。
シンプルなおにぎり、漬物、肉じゃが、魚の煮つけ、天ぷらなどいろいろな料理がある。
「どれにするかな」
ラウルが楽しそうに悩む横で、私は正直に全部少しずつ食べたいなぁと考える。久しぶりの和食だというのに、選べるわけがない。
すると、紬と宗一がやってきた。その手にはざる蕎麦の載ったお盆がある。
「ミザリーさんに食べていただきたくて、持ってきたんです。天ぷらと一緒にいかがですか?」
「最高だと思います……」
思わず手を合わせて拝んでしまった。
「ラウルさんも一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
近くの空いた席に座り、私とラウルはさっそくざる蕎麦をいただくことにした。
一緒に用意されていた箸で蕎麦をすくい、軽く麺つゆにつけてズズズッと音を立てて一気にいただく。
それを見ていたラウルが、え? というような顔で見た。
「どういう食べ方だ!?」
「蕎麦はこうして食べるのですよ……。って、箸の使い方がわからないか」
私たちがいつも使う食器は、フォーク、スプーン、たまにナイフだ。箸という文化がないので、ラウルもとまどってしまったようだ。
「このお箸で掴んで食べるんだよ。こうやって持つの」
右手で箸を丁寧に持ち、ラウルに使い方を教えてあげる。……が、そう簡単にマスターできるものではない。
「え、え、ええ? こうか……?」
ラウルは四苦八苦しながら持っているが、残念ながら蕎麦をすくえていない。
「違う違う、人差し指をここにそえて……そうそう!」
「できた! よしっ!」
どうにかきちんと箸を持てたラウルが蕎麦をすくいあげ、口元へもっていく。というところで、蕎麦が箸からつるりと滑り落ちてしまった。
「どんまい」
「くそぉ……絶対上手くなってみせる!」
何やらラウルに火がついたようで、絶対に箸を使いこなしてみせる! と燃えている。
「箸は本当に万能だから、使えるようになれば一番いいと思うようになるかもしれないね。お蕎麦だけじゃなくて、こうやっておかずを掴むこともできるから」
私はそう言うと、天ぷらを掴んで添えてある塩にチョンとつけてから、口に運ぶ。その一連の動作を見たラウルは、「すごい」と感嘆の声をもらす。
「俺だって……!」
ラウルはできるだけ麺つゆの器に顔を近づけて、若干フォークを使うような要領でズルルッと蕎麦を口にした。
「……!! これ、すごく美味いな! さっぱりしてて食べやすい」
どうやらざる蕎麦が気に入ったみたいだ。
私たちは顔を見合わせて頷き、宗一にぜひ蕎麦を売ってくれるようにお願いした。これで、キャンプ飯で蕎麦を作れる!
それに、ラウルは箸を使いこなすことに必死だ。
「商店で箸を買って、普段から使うことにする!」
「いいね!」
それは大賛成!
私はラウルの言葉に大きく頷き、明日さっそく買いに行くことに決めた。




