砂漠のオアシス
翌日も天気は快晴。
ジリジリした陽ざしを顔に受けながら、私は砂漠の中を走っていく。カーナビのおかげで、魔物との遭遇率はゼロだ。
そして走ること数時間、私の視界に砂と岩以外――緑が見えた。
「ラウル、おはぎ、オアシスだよ!」
「おおっ! 砂漠の恵みだ」
『にゃにゃっ!』
二人とも身を乗り出す勢いでフロントガラスに顔を近づけ、オアシスを見ている。
さっそくキャンピングカーをオアシスの横に停め、近くに魔物がいないことを確認してから外へでた。
砂漠の中にぽつんとあったオアシスの規模は、小学校のグラウンドの半分くらい広さがある。
地面には柔らかな草が生えていて、バナナの木も生えている。何種類かの木には蔦がまきついていて、力強い緑の茂みを感じることができる。
そして中央にあるのは、砂漠ではとても貴重な水だ。
まるで噴水のように湧き出ていて、小さな泉と呼ぶのがちょうどいかもしれない。
縁には色とりどりの花が咲いていて、オアシスの豊かさの象徴のようだ。
「すご~い!」
『にゃにゃっ!』
私が声をあげるのと同時に、おはぎが地面に下りてはしゃぎ回った。草の上を駆け、泉のところへ行って前脚でチョンチョンと水遊びをしている。
もしかしたら、ずっとキャンピングカー生活だったので窮屈に感じていたのかもしれない。
……とはいえ砂漠はやっと半分きたところだからね。
オアシスでは思いっきりおはぎに遊んでもらおう。
私はおはぎのおもちゃにしている飾り紐を取り出して、ちょいちょいっと揺らしてみせる。すると、すぐにおはぎが尻尾をフリフリして狩りモードになった。
飾り紐目がけてピョンッと跳びついてくるので、私はそれを華麗に避けて、飾り紐を持ったままその場でくるくる回る。すると、おはぎもそれを追いかけて私の周りをくるくる回ってはしゃぐ。
「楽しいね~、おはぎ!」
『にゃっ、にゃっ!』
おはぎがめちゃくちゃはしゃいでくれて、私の方が先に息が切れそうだ。
すると、こちらを見ていたラウルがうずうずして「俺も遊びたい!」と手を上げた。
「うん、遊んであげて」
私はここぞとばかりにラウルに飾り紐を渡し、ふうと一息つく。
……おはぎの体力、無限大だ。
休憩しようと泉の近くに座り、私は靴を脱ぐ。そして座ったまま足を泉の中に入れた。ひんやりした水が心地よくて、思わず「あ~~」と声が出た。
「気持ちいいぃぃ……」
後ろに倒れるように寝転ぶと、ふわふわの草に受け止められる。
……これはこのままお昼寝したら最高に気持ちいいのでは?
なんて思ってしまう。
が、すぐにジリジリとした太陽にやられてしまう。
オアシスの泉は冷たくて気持ちよくて、木々の葉で少し陽ざしが遮られてはいるけれど……暑いことに変わりはなかった。
おはぎの『にゃー!』という楽しそうな声を聞いて振り向くと、ラウルが飾り紐を高速で動かしていた。
それに食いつくおはぎがすごいけれど、涼しい顔で動かしているラウルもすごい。
「おはぎ、ここまでジャンプできるか!?」
『にゃんっ!』
ラウルが顔の横位の高さまで飾り紐を上げたが、おはぎはなんなくジャンプして手でペシッとはじいてみせた。
「おはぎすごっ! ナイスジャンプ!!」
たぶんおはぎの身体能力は全世界の猫でナンバー1だ。
しかし次第におはぎの息は上がって、疲れ果てた様子で私の隣にやってきた。
『にゃ……ハァハァッ』
「遊びすぎて疲れちゃったね。一緒に休憩しようか」
おはぎを撫でながらそう言うと、私の手に頭を擦りつけてきた。そして呼吸が整うと、ころんと仰向けになって寝転んだ。
もちろんここぞとばかりにお腹を撫でさせてもらう。
「俺も休憩、っと」
「いっぱい遊んだね~」
「楽しかったぞ」
ラウルは満足そうに笑って、私と同じように靴を脱いで泉に足を入れて「あ~~っ」と声を出して伸びをした。
やはりこの泉の気持ちよさには誰も抗えないのだろう。
「……それにしても、せっかくこんなオアシスがあるのに、知られていないのはもったいないね」
地図を作って冒険者ギルドに提出したら、購入してくれるんじゃないか? と思う。
「確かに休憩場所としてこのオアシスがあるのはいいけど、道中が険しすぎて無理だな。俺たちはミザリーのキャンピングカーがあるからいいけど、普通は徒歩かラクダだからな?」
「それもそうか」
私のように一〇〇%魔物を避けることはまず不可能なので、魔物との戦闘は必須。しかも方向をしっかり確認していなければ、一瞬で迷うだろう。
たまに岩などはあるけれど、大きな目印もないので地図も作りづらい。
「今の私にできることはなさそうだね……」
「だな。もっと高レベルの冒険者になって、何かいい案があったらそのときに考えようぜ」
「うん」
ラウルの言葉に頷いて、申し訳ないけれど、このオアシスは私たちが独り占めすることにした。
***
それから三日ほどで砂漠を抜け、次の街に着いた。
そこでは食料の補充をするだけに留め、この陸地の最北端であるサザ村を目指しはじめた。
「サザ村から北東にある島が瑞穂の国だね。……船とかが出てるのかな?」
「ギルドでもサザ村の情報はほとんどなかったから、行って確認するしかないな」
インパネで地図を確認してみると、サザ村と瑞穂の国の間にはいくつかの小島があるようだ。
一気に瑞穂の国に行けない場合、もしかしたら小島を渡って行くのかもしれない。
「考えることはいろいろあるけど、でもやっぱり楽しみなのは食! 和食カモン!!」
「俺も早く米が食いたいな」
「だよね! お米もいろんな調理方法があるから、楽しみにしててね!」
炊いた白米をそのまま食べても美味しいけれど、タケノコご飯や栗ご飯、鯛めしなんてのも最高以外の何ものでもない。
そして何気に楽しみなことがもう一つある。
「私、海って初めてなんだよね」
「俺も初めてだ! 確か、でっかい湖みたいなやつだろ?」
ラウルの言葉に、私は「それはどうだろうか」と首を傾げる。
前世では海に遊びにいったことはもちろんあるが、海の説明をせよといざ言われたらなかなかに難しい。
「うーん……。でかくてしょっぱい湖って感じかな?」
半分説明をあきらめてそう告げると、ラウルは不思議そうな顔をした。
「あ、せっかくだから海沿いを走るのはどうだろう? ちょっとだけ遠回りになっちゃうけど、いい景色だと思う」
私は名案だとばかりに、カーナビの設定を海沿いにする。これでサザ村まで海を見ながら行くことができる。
カーナビの指示に従い走り、二時間。右手に海が見えた。
「ラウル、おはぎ、海!」
「おー、すごいな!」
『にゃっ!』
助手席側からだと見づらいかと思ったけれど、障害物がほとんどないため見晴らしがいい。
「この海を渡って瑞穂の国に行くって考えると、ワクワクするな」
「うん。よーし、飛ばしちゃうぞ!」
「ちょ、安全運転でいってくれよ!?」
ラウルの言葉に笑いながら、私は一気に加速してサザ村へ向かった。




