岩料理
サラビッタの街から三〇分くらい走ったところが、砂漠への入口だった。
キャンピングカーから降りて外へ出てみると、じりじりと太陽の熱に照らされた砂漠の空気にやられてしまう。
湿度がほとんどないためカラッとしてはいるが、暑いものは暑い。
サラサラの砂を手ですくってみると、その熱さに思わず「あっつ!」と叫んで砂を捨てた。真夏のコンクリートを裸足で歩くより辛いかもしれない。
『にゃうぅ……』
おはぎは嫌そうに顔をしかめると、私の肩に跳び乗ってきた。地面に近いと砂漠の熱が体にくるので、おはぎにはきついのだろう。
「キャンピングカーに空調がついててよかった。もし迂回して西のルートを通ったとしても、この暑さはきついよ」
「だな。ミザリーのキャンピングカーに感謝だ」
砂漠見学はこれで十分と、私たちはキャンピングカーに乗り込んで出発した。
次の目的地に設定したのは、砂漠の真ん中あたりにある大きなオアシスだ。せっかくなので、オアシス観光をしてみたい! と、私がラウルにお願いしたのだ。
ラウルもオアシスには興味があったようで、すぐに快諾してくれた。
「おっとと、砂漠の中を走るのって……思ってたより大変だね」
サラサラの砂の深いところで、タイヤがとられそうになってしまう。慌てずゆっくりアクセルを踏み、慎重に走っていくしかない。
砂漠を越えるのは、思っていたより日数がかかるかもしれない。
……そういえば、地球も砂漠を走るのに適した自動車があったもんね。
キャンピングカーが適しているかといえば、間違いなく適していない方に分類されるだろう。
「こんな砂の中を走るって、今までなかったもんな」
「うん。魔物も出るし、さすがにちょっと不安になるかも」
私がそんな言葉をこぼすと、ラウルが「大丈夫だろう」と軽く言う。
「これでダンジョンの中だって走ったんだぞ? それに比べたら、砂漠なんてへっちゃらだと思う。……俺の体感だけど、レベルが上がる度に少しずつ頑丈になってる気がするんだ」
「え、本当?」
頑丈になってるらしいラウルの主張に、私は目を見開いて驚いた。
レベルアップで設備がグレードアップするのはわかるけれど、装甲面は何もお知らせがなかったからだ。
「絶対とはいえないけど、岩とか壁にぶつかったときにできる傷が浅くなってる気がするんだよな。走りも安定してるし」
「なるほど!」
広い草原などを走るときは問題ないけれど、ダンジョン内では壁にぶつかってキャンピングカーをボコボコ……とまではいかないけれど、いくつか傷をつけてしまった。
レベルアップするたびに外装は綺麗に修復されていたので気にしていなかったけれど、強くなってくれているなら嬉しい。
……もっと頑張ってレベルアップさせなきゃだね。
「あ、ミザリー。まっすぐ行くと魔物がいるから、もう少し右よりに走った方がよさそうだ」
「わかった」
カーナビで随時魔物を確認しているラウルの指示に従い、私は右にハンドルを切る。
キャンピングカーで魔物を倒すこともできるけれど、地面が砂なので何かあって横転……なんてことになったら大変だ。
そのため砂漠の魔物はすべて避けて通ることにした。
「今日はここら辺で休んだ方がよさそうだな」
ラウルが空を見上げてそう告げた。
まだ夕方にもなっていないが、砂漠の夜は冷え込むし、暗い中での移動は危険もあるのでその判断には賛成だ。
「どこかキャンピングカーを停めとくのにいい場所があるかな?」
大きな岩陰などがあったら、砂嵐が起きても防げてよさそうだなと思う。私はそんな場所がないか、キョロキョロ周囲を見回して――見つけた。
「ラウル、あそこの岩陰に停めるのはどう?」
「あ、よさそうだな」
見つけたのは、大きな岩が数個固まっている場所だ。わずかにくぼみのようになっているので、そこを駐車場のように使うのがいいだろう。
私はキャンピングカーを停めて、ぐぐーっと背伸びをする。
……やっぱり慣れない場所の運転は緊張するね。
「このまま居住スペースでのんびりするのもいいけど、ちょっとだけ外に出てみる? ……まあ、焚き火はできないけど――あ!」
「ミザリー?」
思いついたとばかりに手を叩くと、ラウルが首を傾げた。
「ちょっとやってみたいことがある……かも! ラウル、卵を持って外に行こう!」
「卵……?」
購入したばかりの外套を羽織り、私たちは外へ出た。おはぎは私の肩に乗っているけれど、暑さは大丈夫だろうか?
……猫って、もともと砂漠の方に生息してたんだっけ? 暑さには強いのかもしれないね。
「とはいえ、無理しないでね、おはぎ」
『にゃっ』
私はキャンピングカーのすぐ横の岩場を見て、腰の位の高さの岩に目を付ける。比較的平らになっているんで、扱いやすそうだ。
おそるおそる指先で岩に触れると、ものすごく熱くて思わず「あつっ!!」と叫ぶ。
それを見ていたラウルが、慌てて横にかけてきた。
「何やってるんだ、ミザリー! さっき砂で同じことやっただろ!?」
「はい……。でも一応確認したかったんだよ」
「はぁ……?」
ラウルは訳がわからないと肩をすくめるが、私には大事なことなのだ。
キャンピングカーから持ってきた卵を手に取り、それを岩の上で割った。すると、とたんにジュワアァと音を立て、卵白が固まり目玉焼きになっていく。
「おおっ、本当に焼けた!」
「あ、岩をフライパン代わりにしたのか」
卵が焼けるのを見たラウルが、納得したようにポンッと手を打った。
「こういうの、一度でいいからやってみたかったんだよね」
どこどこで焼いてみた~という動画を何度か見たことがあって、いつかやってみたいと思っていたのだ。
お手軽なものだと、真夏の日の自動車のボンネットだろうか。
私はついでとばかりにキャンピングカーの冷蔵庫からベーコンも持ってきて、岩で焼いてみる。すぐにジュワアァとベーコンのいい匂いが漂ってくる。
……これはクセになりそう!
「これ、焼けたらどうやって食べるんだ? パンにでも乗せるか?」
「あ、それいいね」
「じゃあ、パンの用意をしてくる」
「ありがとう」
ラウルが一度キャンピングカーに戻り、スライスしたパンを持って戻ってきた。一緒に乗せて食べるように、レタスも少し持ってきてくれている。
……さすがラウル、できる男!
私はラウルからパンを受け取り、せっかくだしと岩の上に置いてみた。すると、すぐに香ばしい匂いがただよってくる。
「うわ、美味そうな匂いだな」
「うん」
焼いたパンの上にレタス、ベーコン、目玉焼きを乗せたら完成だ。
美味しそうな匂いにかぶりつきたくなったけれど、この炎天下の中でのんびり食事をする気にはなれない。私たちは慌ててキャンピングカーに避難した。
「「いただきます!」」
『にゃっ!』
おはぎには鶏肉を用意して、私とラウルは岩で焼いた目玉焼きパンにかぶりつく。こんがり焼けていて、とっても美味しい。
「ん~、卵が半熟で美味しい!」
「ベーコンのうま味が格別だな」
「うんうん。砂漠は暑いだけで大変かと思ってたけど、こういうのはいいよねぇ」
砂漠だと焚き火は無理だと思っていたけれど、たまには違う料理方法もいいものだなと思う。
その後はお風呂に入って明日のためにぐっすり休んだ。




